山内診療所 てるてる農場

"長崎県五島列島にある山内診療所”で医師として地域医療に携わりながら、 茅葺屋根の家に住み、牛で田んぼを耕し、ニホンミツバチ・対州馬を飼育して いる。

産業革命(大量生産・大量消費)文明の終焉

山内診療所の理事長が作成した本の一部内容です。

長文になりますが、是非読んでみてください☺

 

私が30年間環境エネルギー問題を調べ、20年間伝統技術の継承に取り組み、これから大量生産・大量消費が終焉を迎えようとしていると共に、伝統技術が極めて危機的状況にある事をまとめた文章です。

 

はじめに

マハトマ・ガンジーが著書「自立の思想」の中で「産業革命がもたらした機械化による大量生産は、少数の人間が大多数の人間を踏みつけにして栄えるのを助けているに過ぎない、これらすべての背後にある動機は、労働を軽減しようとする博愛ではなく、欲望です。インドがイギリスの植民地になったのは、イギリスが武力で攻めて来たのではなく、産業革命で生産された易い綿製品を買ってインドが貧しくなったからである。」と言う内容を述べています。その後、イギリスは大英帝国として多くの国を植民地化しました。ガンジーと言えば非暴力・不服従やインド独立の父として知られていますが、機械による大量生産に対する思想は知られていません。実は、しばしば彼が写真の中で糸紡ぎをしているのは「各人が糸紡ぎをすることが真の生き方である」と述べ、インドの国旗を作成したガンジーはインド国旗の中央に「糸車」を描き込んでいます。

大量生産は、その後日本がそれを真似て貿易立国となり韓国や台湾を植民地化し、現在は中国が大量生産をし、周辺国を植民地化しようとしているように思われます。そこにある根底の精神は、博愛精神に基づくものではないと思いますが、皆様はどのように思われますか?

現在、大量生産・大量消費により地球温暖化とプラスチックゴミや化学薬品などによる環境汚染で川や海、陸地のみならず空までも汚染され、このままでは人類の存続も危ぶまれます。

 これに対して、ほとんどの人は科学が進歩すれば解決すると信じていますが、果たしてそうでしょうか?

 私は1989年ネパール、インドなどを旅し、その時に気付いた経験から現在までエネルギー・環境汚染問題を調べました。その中で、エネルギー問題の深刻な事実に気づきました。その結果、石油に依存しなかった江戸時代の伝統技術が大切な時代が来ると確信しました。しかし、その多くが存続が極めて危機的状況にある事、そして沢山の人が協力してこの危機的状況を乗り越える必要がある事、そして私たちは現在の大量生産・大量消費の生活感を根本から変えなければならない時期に来ている事をまとめました。

 

きっかけ―人生を180度変えたネパールとインド―

家族で時々登山をしていましたが、子供たちを安全に登山に連れて行けるように、30歳頃より勤労者山岳会「あさぎり」に入会しました。その山岳会が昭和64年(1989年)ネパールのラムジュン・ヒマール(6983m)に登山しました。私は登山には経験が少なく、ロッククライミングは全くできませんが、登山には随伴医師として、ベースキャンプまで参加しました。登山に参加しようとした、もう1つの大きな目的は、ベースキャンプに到着後、単独でインドのコルカタに行きマザーテレサの「死を待つ人の家」でボランテイアをするためです。その理由は、昭和54年マザーテレサノーベル平和賞を受賞した時「道端で死んでゆく人々の中にキリストが観える」と新聞記事に述べていました。私は「何故、乞食と思われる社会の最底辺の人々の中に神であるキリストが観える」が理解できず、自分の目で確かめたかったからです。コルカタでボランティア活動中での私の答えは、道で捨てられて行く人はまさしく「無一物」であり、その表情はまさしくキリストそのものと感じ、それがマザーテレサの言葉の意味と捉えました。

また、マザーテレサの本部でミサに預かりましたが、本部の入り口に安価と思われるマリア像があり、お御堂は昔の小学校の教室のようで板張りの床に簡素な机の上に小さな黒い十字架が有るのみでした。世界中から寄付を戴いているにも拘らず、その姿に私は聖人を観ました。それがきっかけで、1990年4月14日家族全員でカトリック浦上教会にて洗礼を受けました。その後、聖書を読みマタイによる福音書25:40「兄弟である最も小さき者にしたことは、私にしてくれたのである」の言葉がマザーテレサの行動の原点の1つである事が解りました。

さて話を戻すと、ネパールに先発隊として出発し、カトマンズで登山に必要な物品を買い集めました。全隊員が集まった後、ネパールの外務大臣に会見しました。外務大臣は以前日本の外交官をしていたが「ネパールで幸せとは何かを学んで行って欲しい。」と述べられました。当時日本はGNP世界1~2位で、ネパールは世界最貧国に近く、物質的に豊かな国が幸せな国、貧しい国は不幸な国と単純に考えていた私にとって理解ができませんでした。しかし、トレッキングでベースキャンプに行く途中で、ネパールの人々が明るい表情で、道で会うと「ナマステ」と笑顔で挨拶する事に、少しずつ私の考えが間違っているかも知れないと思い始めました。途中で個人の家で食事をいただき、電気も水道もない所で簡単な薪ストーブで料理し、ほんの少しの家財道具でよく生活できるものだと感心させられました。

 4000m以上のベースキャンプからインドを目指しました。単独でトレッキング中に数千メートルの山々が空に浮かんで見える美しい高地にある小学校の校庭で「ネパールの山岳の人々は電気も石油も水道もなく、薪で生活している。この生活は何百年でも可能である。しかも決して苦しい顔をして生活していない。しかし、日本人と同じ生活を世界中の人々がすれば数十年で石油が枯渇して環境も破壊される。日本では毎年3万人以上の自殺者がいる。どちらがまともな生活をしているのか?」と言う疑問が脳裏に浮かびました。そこで、日本に帰国後、人々は石油が使えなくなった後、何をエネルギーとして生きるべきかを調査研究する事としました。

Ⅰ 大量生産、大量消費についての考案

 先ず日本に帰国後、石油とは何かを調べました。

  • 石油について

石油の成因には有機説と無機説がありますが、主に有機説が有力です。有機説では、古生代から新生代の主に4億数千万年から6500万年前の長期間の間に、藻類、プランクトンや植物が100万年以上かけて変性して形成されたものと考えられています。「石油のおはなし」小西誠一(日本規格協会) そうすると、私たちは3億年以上かけて蓄積された石油を200年程で使い切ろうとしており、シェールオイルや海底油田が発見された現在でもおそらく300年以内で使い切ると思いますから、概算で100万年以上かけてできた石油を1年間で使っていることになります。

 私が小学生の頃より石油が無くなると何度も言われ「狼少年」のように思われています。どうしてそのようになったのでしょうか?それは多くの方が知っているように新しい油田の発見と同時に採掘技術の向上により可採埋蔵量が増えた事によります。すなわち、新しい油田が見つからなくても、今まで埋蔵量の20%しか採掘できなかったものが40%採掘できるようになると可採埋蔵量が2倍になります。このようにして、延長を繰り返して来ました。

現在はその技術はさらに発展し、海底2000mのブラジル海域の油田開発とシェールオイルの採掘技術の向上が挙げられます。

シェールとは頁岩と呼ばれる岩石の事で、その中に天然ガスと石油が浸み込んでいます。その採掘技術が向上し採掘可能となり、世界の各地にシェールオイルが有る事が判り、200年分の天然ガスや石油があるとも言われています。しかし、シェールオイルを、採掘するとき、強い水圧で頁岩を砕くため、使用する薬品や水圧によって漏れた石油の成分(ベンゼン類)などが地下水に混ざり、それが水道の水や川に混ざっています。場合により、地下水を使用している一般家庭の蛇口に火を近づけると発火します。又、掘削パイプから戻った大量の薬品の混ざった汚染水が流出しています。(you tubeシェールオイルを検索しその中の「シェールガスの水圧破砕法で水だけでなく大気も汚染」を捜すと見る事ができます)

 しかし、海底油田やシェールガスやオイルの採取には以前の採掘に比べかなりのエネルギーを消費し、二酸化炭素の排出をより一層進めます。

 また海底2000mの油田を掘削するには今までより遥かにエネルギーを使う事でしょう。

では、何故ここまで進化し無理な採掘をしているのでしょうか。それは、石油が無くなったら先進国は生活できなくなるからではないでしょうか?

私は、石油とはまさに子供の時に見た「アラジンのランプ」のようなものと思います。

すなわち、採掘はパイプを掘るだけで可能で、採掘しても地盤沈下をせず、蒸留するだけで、軽油、ガソリン、コールタールなどが精製できます。しかも、燃料だけでなく、プラスチック、化学繊維、薬品など、あらゆる分野の材料にもなります。これからも、新しい技術により可採埋蔵量は増え続けて消費量も増え続けるでしょう。しかし、そこに待ち受けているのは、とんでもない地球温暖化と環境破壊ではないでしょうか。  

人間一人の体内から1年間の二酸化炭素の排出量は300㎏です。しかし化石燃料を消費しているため、日本人1人あたり9tの二酸化炭素の排出をしています。すなわち、日本人1人で約30人分の二酸化炭素を排出しています。そして、世界の石油や石炭、天然ガスの消費量は伸び続けています。日本の温暖化も毎年のように進んでいることを実感するようになりました。子供のころは扇風機だけで過ごせましたが、今では夏だけでなくエアコン無しでは過ごせなくなりました。では、このまま温暖化が進めばどうなるのでしょうか?

自然現象は基本的に変化を元に戻そうとする緩衝作用があり、一般にnegative feed back作用と言われています。人間などの活動で自然界のバランスが多少崩れても、自然は元に戻ります。しかし、今のように大量の二酸化炭素の排出を続けて、このまま温暖化が進めば、例えば温暖化でシベリアの永久凍土が解けてメタンガスを排出し、そのメタンガスがさらに温暖化を進める、すなわち温暖化が温暖化を進めると言うpositive feed back が起こる事も考えられます。実際、シベリアでは火災が頻発し永久凍土が急激に溶けています。

すでに現実に世界中で豪雨やスーパー台風やハリケーン、豪雪や反対に大干ばつや山火事が襲って次第に数と規模が大きくなってきています。これからより一層拍車がかかるでしょう。ノーベル平和賞を受賞したIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)が気候クライシスという番組を作成しそれがyou tubeで観る事ができます。その中で東北大学須賀利雄教授が日本の事に関して次のように述べています。東京に海抜ゼロ地域(土地の標高が海水面と同じか、それ以下の地域)が墨田区周辺に山手線内の2倍の地域に広がり、世界でも大変危険なことを述べています。又、伊勢湾や大阪にもそれ以上の海抜ゼロ地帯があります。豪雨やスーパー台風による直撃があると、遠い将来でなく今年でも豪雨と高潮で甚大な被害が出る可能性があります。

化石燃料を使用続けると地球温暖化が進む事は、皆さんの共通理解と思います。

では石油に代わるエネルギーはあるのでしょうか?

(石炭、天然ガスは基本的に石油と同じなので省きます。)

原発に使われた核廃棄物の放射能は使用前のウランの1億倍にふえます。高レベル放射性廃棄物はガラス固化体にした時点での放射能は少し下がりますが、それでも人が近づけば20秒で死亡するほど危険なものです。もとのウラン鉱石と同じレベルまで低下するのに10万年もの歳月が必要とされます。それを地下300mより深い地層に埋め込むと言うのが国の方針となっています。福島でも「原子力は明るい未来のエネルギー」と子供に標語を募集して看板として掲げ、あげくの果てに想定外と称して、原発事故を起こし、その住民は避難区域で帰れなくしていました。原発関連には多額の補助金が使われ、今度はそれが核廃棄に使われようとしています。真に、マザーテレサが世の中で一番怖いものは何ですか?と聞かれ「お金」と答えたことが納得できます。

 また、プルトニウムが同時に産出されますが、その放射能が半分になる半減期プルトニウム239の場合2万4千年程です。これらの処分方法は未だ解決していません。これらは「トイレの無いマンション」と言われていますが、今後福島原発事故及び日本各地の廃炉原発発電所の残留放射能物質は一体どうなるのでしょうか。

 これらの問題が全く解決しないのに、日本が世界と同調して原発で発電するのは、日本が世界の経済競争に負けないためと思いますが、未来の人たちにこのような恐ろしい負の遺産を残しても良いのでしょうか? 未だ一基も廃炉にできていません。原発の建物はコンクリートでできていますが、放射能の影響で劣化し易く40年で廃炉にするように決められています。今後、これら原発廃炉はどうなるのでしょうか?

石油や石炭、天然ガスが使えなくなった後、原発は上記の理由により、次世代のエネルギーにはなり得ないばかりか、廃炉は今後の極めて大きな問題になるでしょう。

最初は、多くの人が考えるように私も自然エネルギーを次世代のエネルギーと考えていました。私は熱力学第一法則のエネルギー保存の事より、風にも光にもエネルギーがあり、それを電気に変換すれば良いと簡単に考えていました。しかし、学校では習わなかった事に、エネルギーには質の高低がある事が解りました。それはどう言う事か例えると「電気やプロパンガスで水を温めてお湯にすることは極めて簡単な装置でできます。しかし、温めたお湯から元の電気やプロパンガスを作り出すことは不可能」と言うと解り易いと思います

この場合、電気やプロパンガスは質の高いエネルギー、お湯は質の低いエネルギーと表現されます。これは、どう言う理由かというと、「電気やプロパンガスはエネルギーが濃縮されていて、お湯は薄まったエネルギーになっている」と言う事です。

これは熱力学第2法則(エントロピー増大の法則)と呼ばれている物理現象です。すなわち、全体の系から見ると、常にエネルギーは濃縮されたものから薄まる方向にしか進まない。逆方向には進まないと言う法則です。だから、地球とほぼ同じように太陽から光を受けた月の表面は荒涼として地球のようにはエネルギーは蓄積されません。ヨットで風の力で船が走ります。風の一部を集めて進みますが、ヨット全体に受けた風の力は拡散します。又、レンズで太陽の光を集めますが、レンズに当たった全体としての光は拡散しています。太陽光発電でも同じように同じようにパネルに当たった光の20%を晴天時に電気に変える事が出来ます。しかし、ヨットの帆に風を集める事やレンズで光を集める事と太陽光発電で高電圧の電気を作る事ではエネルギーの質が大きく違っています。すなわち、太陽光発電のパネルや周辺機器および設置場所の整備ならびに廃棄処分などに莫大なエネルギー消費があります。本当にこれらのエネルギーを回収できるのでしょうか?

何故、地球には石油や石炭、天然ガスなどエネルギーが蓄積されるのでしょうか?それは、地球上には植物があるからです。植物にも熱力学第2法則は当然当てはまります。やはり植物は薄まっていくエネルギーを利用しながら、そのエネルギーで一部のエネルギーを濃縮しているのです。それでも太陽光のようやく1%のエネルギーを蓄積します。

 それでは、それはどのようにして可能なのでしょうか?

太陽光は、クロロフィルに当たると可視光線の90%以上が電子に変わります。そのままでは、温まったお湯がすぐに冷めるように、すぐに電子は拡散してしまいます。それを、濃縮した拡散しない化学エネルギー(ATPやNADPH)に変換します。その過程で電子のエネルギーの60%程を消費してしまいます。しかし、そこにはとんでもなく優れた代謝系が存在します。一つは電子伝達系と呼ばれます。それは葉緑体の中のチラコイド膜に酵素が並んでおり、その酵素で膜の内外の水素濃度勾配を作り、その移動によりATPを合成します。その後ATP を利用し多数の酵素が働いて炭水化物を作るというカルビン回路などの極めて優れた代謝機構が働いています。最終的に植物体を形成するセルロースやでんぷんに変換するために30%以上のエネルギー消費があり、最終的に太陽光エネルギーのたった1%前後が植物体として蓄積されることになります。「光合成とは何か」園池公毅(講談社) しかし、最終的に1%でも蓄積できる事こそが奇跡です。むしろ、これほど代謝系が発達しエネルギーロスの少ない生物ですら1%しか蓄積できないのです。しかも、植物の種に水と光と土があるだけで育ち、次世代の種を残し、作物を採取した残りの植物体は放置しておくだけで自然の土に帰ります。工場建設、重機などいりません。すなわち、本当の濃縮したエネルギーの産生および自然循環と言えます。

 動物に目を向けてニホンミツバチの昆虫で見てみますと、自然巣では全く他からのエネルギーを必要としません。女王蜂と働き蜂が元の巣から分蜂した時、自然の洞穴に営巣します。そこで幼虫を育て蜂蜜を貯めます。70㎎の体重の働き蜂はたった4㎎の蜂蜜を巣でもらい半径2㎞の領域を5km飛び、100ほどの花を訪れて蜜を貯めて巣に戻ります。帰巣時には体重の約半分の30㎎の花の蜜を持って帰ります。なんと蜂蜜1mgで1km以上飛行できます。花の蜜は糖度が40%未満のショ糖です。それを、蜂の体内の酵素により2つの糖に分解し、独特の酸味と殺菌効果を持たせ、最終的に糖度80%になったものが蜂の巣に封入されます。そこから、人間が年末に約4㎏の蜂蜜を採取しても、翌年ミツバチは分蜂を繰り返し繁殖します。まさしくこの4kgが正真正銘の濃縮したエネルギーの産生と言えます。そこには、優れた代謝系や羽などの構造物があるから成しえる事です。代謝系で言えばミトコンドリアでの電子伝達系やクエン酸回路により、糖の分解を徐々に行い、エネルギーを極めて有効な形でATP などの形で取り出します。

動植物はエネルギーを有効に使うために、多数の酵素を使い何段階にも分けて、エネルギーを利用します。しかし、人が作った物械、例えばエンジンはシリンダー内で1回の燃焼だけしか利用できず、燃焼効率は遥かに劣ります。

 では人間の考えた自然エネルギーの活用した機械はどうでしょうか。

4.太陽光発電

太陽光発電トランジスタ集積回路のような半導体素子で出来ています。純度の高い2層のケイ素(4価)の片方にリン(5価)を少し混ぜ、もう一方にホウ素(3価)を少量混ぜた2層に光が当たると、ヒ素からホウ素に電子が飛ぶ原理によって発電します。植物の光合成の精密さに較べると単純な1段階での発電です。光の吸収波長範囲は植物に比べかなり狭く、条件が良ければ最近の機種では光の約20%が吸収され電気エネルギーに変換されるようですが、雨では発電量はその5~20%に低下します。

ケイ素の純度は集積回路の場合99.999999999%(ナインイレブン)必要とされますが、おそらくエネルギー収支より太陽光発電の場合99.999999%(ナインナイン)程度で良いと述べられています。そもそも、ケイ酸から高純度ケイ素にするためにでも、数段階での1000℃以上の条件で相当なエネルギーを消費するようです。

 太陽光発電パネルや風力発電などを生産する場合、

  1. 資源採掘, 素材製造、太陽光パネルなど機器製造にかかるエネルギー
  2. 製品の運搬にかかるエネルギー
  3. 発電機の廃棄にかかるエネルギー
  4. 故障した時の修理にかかるエネルギー

が生産エネルギーに掛かるのは当然で、これを計算し、太陽光パネルを作るエネルギーを回収する期間( energy payback time :EPT )を2、3年と計算されています。(「EPT/EPRの定義」インターネットの(独)産業技術研究所の資料などによる)

しかし、下記のようにEPTの計算外としてとんでもなく沢山の項目があります。

例えば、ミツバチのように新しい巣に分蜂する時は、移動、新しい蜂の巣、働きバチ産卵、育成、採蜜、濃縮、越冬などに使われる全てのエネルギーを、自分たちの集めた蜂蜜で行われます。そこから人間が蜂蜜を採取しこれが実質的なエネルギーの産生です。

 同じ事を太陽光発電などに当てはめると、工場、重機、トラックなどの製造するエネルギー、のみならずその材料(コンクリート、金属、ガラスなど)を製造するエネルギーを加える必要があります。そして、そこで働く人間の消費エネルギーも計算に入れる必要があります。その労働者のエネルギーは、勤務時間以外の生活に掛かるエネルギーも計算に入れるべきだと思われます。

その具体的内容とは、ケイ素の原料である珪石を採掘する重機と建屋、それをケイ素製造工場まで運ぶトラック、珪石から不純物を取り除く機械、ケイ酸からケイ素に変換させる機器、ケイ素工場建設(材料であるコンクリート、金属、ガラスなどを含む)全ての材料を含む製造エネルギーが掛かり、それらの工場などで働く人々の生活するエネルギ-もあります。ここで材料の一つであるケイ素ができます。ケイ素は海外から輸入しているため、日本まで運ぶ船の製造と航海士、国内での運搬するトラックの製造と運転手の分相応(運搬した他の荷物を考慮した一部)の掛かったエネルギーがケイ素だけの材料で掛かります。同じ事が太陽光発電のパネルの材料であるリン、ホウ素、アルミニウムやその他の金属の製造に掛かります。

この後、工場で太陽光発電のパネルの組み立てになるのですが、工場建設、組み立ての各種機械、トラックなどの全ての材料を含む製造エネルギー、工場で働く人などのエネルギーも掛かります。

次にできた太陽光発電のパネルの製品運搬車の材料を含む製造と運転手の生活のエネルギー

設置する場所とそこに至る道の整地にかかるエネルギー(しばしば大量の森林が大型重機で伐採されている)。そこで使用する重機や木の伐採機、トラックの材料を含む製造及そこで働く人の生活エネルギー、太陽光発電のパネルの基礎に使用するコンクリート製造運搬と基礎工事の作業人の生活エネルギーなどが掛かります。

以上が現在思いつく太陽光発電のパネルの設置までにかかるエネルギーです。

発電を開始した後、故障時の修理機械の材料を含む製造とその運搬にかかるエネルギー

太陽光発電の地面は裸地にする必要があり、そのため除草剤が定期的に散布され、裸地のため豪雨の時に土砂が流出し、その補修にかかるエネルギーと作業人の生活エネルギー

20年ほど使用し廃棄する場合

廃棄するための重機、トラックの材料を含む製造及び作業人の生活エネルギー

発電機を廃棄するための工場建設と廃棄分別する機械の材料を含む製造にかかるエネルギー

分別したプラスチック、アルミニウム、太陽光発電のパネルの再利用や焼却に掛かるエネルギーなど、とんでもないエネルギーが掛かります。

それだけではありません。発電した電気は充電器に入れインバーターで交流に変換する必要があります。充電器には鉛、リチウムなどの重金属や硫酸など薬品が必要でこれらにも今まで述べた各段階で使用する重機や工場、その生産するための機械の材料を含む製造エネルギーおよびそこで働く人々の生活エネルギーが掛かります。

A ~ D は EPT に計算されていますが、それ以下の項目に関しては、 EPT の計算外です

植物や動物の場合、以上のエネルギーは自然界では全て自分でまかなわれます。(人間が作物を作る場合でも、江戸時代までは人力と牛などの家畜のみで自給できました)

しかし、自然エネルギーによる発電となると、上記のA~D及びそれ以下に記載した事柄に関して掛かる全てのエネルギーは、太陽光発電で発電するエネルギー以下でなければなりません。これらの発電装置を造るエネルギーを回収できなければ造る意味が無く、むしろエネルギーの無駄使いになります。

氷山の一角のみがEPTに入っていて、沢山の計算に入れるべき項目はEPTの計算外になっています。丁度、これは原子力発電での核廃棄物を極めて小さく見積もっている事に似ています。植物の光合成のエネルギー産生が最終的に1%である事を考えると、実質的なエネルギー産生ができるように私には思えません。

 太陽光発電風力発電システムそのものが石油製品であり、石油なくしては生産できません。それ以上に、太陽や地熱や地球の自転などから生まれる自然エネルギーなどは無尽蔵とも言えますが、発電機製造に大量のエネルギーを使うため、私にはとても薄まった自然エネルギーから高品質な電気エネルギーを実質的に産生出来るとは思えなくなりました。

5.風力発電

基本的には太陽光発電の場合と同じで、発電関係の計算しているEPTに本来計算に入れるべき太陽光発電で述べたような計算外を加えるとエネルギーを回収できないと考えています。少し付け加えると、五島の私の住んでいる近くの風力発電を観ると、まず山の上まで、それまでヘアピンカーブの連続であった道を、40mある羽を運べるように直線状に道路工事します、そして(日本に1台しか無いと聞いている)折れ曲がるトレーラーで運搬しています。

しばしば故障し、羽を巨大なクレーン車で交換しています(羽の軸は80mの高さがありクレーンもその高さまで届くものです)。五島では台風前に倒された風力発電機がそのまま放置されています。また、羽には廃棄困難なFRP(繊維強化プラスチック:ガラス繊維などとプラスチックの合材)が大量に使われています。これらのエネルギーは石油が使用できない時、どのようにして風力発電機をつくるのでしょうか?

 現在、私の住んでいる五島では風力発電太陽光発電に加え洋上風力発電を広範囲に設置しつつありますが、光や風や潮流などの低品質のエネルギーから電気という高品質エネルギーを産生する事は、上記のように実質的なエネルギーを産生できるとは思えません。

未来の人達に環境破壊と大量のごみを残す事を心配しています。

その他の高品質エネルギー

6.バイオマス

森林を原料とすると、日本は禿山になり、災害を引き起こします。又、日本は山岳地帯が多く、搬出ルートの建設と搬出に大量のエネルギーを要します。その上、集めた材木はチップに裁断し乾燥させなければ使用困難でしょう。農業残渣や材木残渣は収集量が多くはないでしょう。こちらも収集やチップ化や乾燥にもエネルギーが掛かり、真のエネルギー産生があっても、その産生量は極めて限定的です。

7.メタンハイドレート     

大陸棚に薄く広がっていて、採算の取れる採掘が困難と考えられます。又、大陸棚は重要な漁場で、それを破壊しかねません。メタンガスが漏れると二酸化炭素の25倍の温暖化を引き起こし、使用しても二酸化炭素を発生させます。そして、いずれにしろ有限の資源にすぎません。このような点より次世代のエネルギーになりません。

 余談ですが、知り合いの作家からの話では,メタンハイドレートの研究は某大学の「研究費を稼ぐためになされているだけ」と話がありました。

8.核融合

太陽で起こっている重水素を融合させてヘリウムになる時に莫大なエネルギーを産出するもので、地球上では水素爆弾として成功しています。しかし、それは太陽の内部と同じ摂氏数億度が必要で、水爆ではウランの核分裂のエネルギーを起爆剤としています。しかし、安全な使用は現在の科学ではあり得ません。

9.地熱発電及び水力発電

日本はすでに利用できる河川はほとんどダムに利用され水力発電は限界まで利用されています。それでも日本の電力需要の8%です。しかし、EPTの計算外を加えると実質的なエネルギーが産生できるか判らないと思います。その上、川にダムを造ると、上流と下流が分断され、ウナギ、アユ、サケなどが上流に上れず、アユやサケは産卵できなくなります。又、ダムの水は留まるために藻類などが繁殖し水が臭くなり、下流では水遊びも出来ないほどとなります。川は全く異なったものとなり、「川のギロチン」と言われもしています。ダム建設に大量のコンクリートや鉄を使用します。この建設にも石油は欠かせません。

地熱発電も、掘削や温泉水の硫黄などで金属の腐食が進み易くパイプ交換等、維持にかなりエネルギーを必要とすると思われます。したがって、実質的なエネルギー産生が可能か不明ですが、仮にできても設置できるところが限られており、生産量も限定的です。

 太陽光発電風力発電で本当にこれらの技術により自然の薄いエネルギーを真に濃縮し高品質の電気に変換できるなら、国際原子力事象評価尺度 (INES) において最悪のレベル7(深刻な事故)に分類される悲惨な福島原発事故の後、「技術立国の日本は太陽光発電風力発電を改良し自国の電力を賄い、それを世界に売り出せば日本はエネルギー立国で豊になる。」と言わずに、なぜ原発再稼働になるのでしょうか?この事は、それがいかに困難な問題かを暗示しています。

 ドイツでは原発を廃止し、自然エネルギーの推進をしましたが、その事によりフランスの原発チェコスロバキアでの石炭火力発電からの電力供給を受け、かえって二酸化炭素の排出が増えました。これをグリーン パラドックスと呼んでいます。(これはNHK「エネルギー奔流」と言う番組で放映されましたが、残念ながら、どう言う訳かNHKアーカイブスでも放映されていません)このように、自然エネルギーの利用には高品質エネルギー産生の困難性と言う根源的問題が潜んでいます。

付録<新型コロナ感染症

 一見、新型コロナ感染症と石油文明と関係無いと思われるかもしれませんが、石油文明以前では三密(密閉、密集、密接)の内、「密閉」はエアコンの無い時代でほとんど無かったし、スーパーマーケットなどの大型施設も無く「密集」も稀です。人は短時間では移動できず、他国に移動するのに何日も掛かりその間にウィルスは病気が治癒して他国の人に広がる事は極めて少なくなります。石油文明以前にペストやコレラなどパンデミック感染症はありますが、石油文明病とは言えなくとも、石油文明が大きく拍車をかけていると言えるでしょう。

[産業革命以後の世界に永続性はあるか]

水力発電原子力発電、太陽光発電風力発電やその他の発電には必ず重機、トラックやプラスチックなど化石燃料が必ず必要です。その他の発電も全て化石燃料が無くてはできません。したがって、化石燃料が使えなくなると全ての他の発電設備は造れなくなります。又、化石燃料が使えなくなると、トラクターや肥料や農薬などが使えず、食糧危機になります。

この様に考えていくと、産業革命以来の大量生産、大量消費の時代に永続性があるとは思えなくなってきます。仮に、電気エネルギーが見せかけでは無く、実質的に生産されたと仮定しても、大量消費により金属などの資源が枯渇する事を考えると、大量生産・大量消費に永続性が無いことは明白です。人類が約270万年間や生物が20億年以上も永続できたのは完全な循環が形成されてきたからです。

マハトマ・ガンジーはインドがイギリスの植民地になった事について極めて興味深い話をしています。「インドがイギリスの植民地になったのは、イギリスが武力で攻めて来た訳では無い。イギリスが産業革命で大量の安価な綿製品を作りインド人がそれを買ったから、インドが貧しくなり植民地になったのである。大量生産は人類への博愛精神では無く、生産者だけが儲かるという欲望による。」過去と現在の日本や中国を含め世界の国々を観ると、大量生産が博愛精神からでない事は全て当てはまるのではないでしょうか?大量生産は手作業の仕事を悉く破壊した後、大量生産の会社同士の価格競争で小規模な大量生産の会社を破産させています。マハトマ・ガンジーがチャルカと呼ばれる糸巻機で綿花を紡いでいるのを教科書に見た方が多いと思いますが、全ての人が糸を紡ぐ事が、「正しくこれが真の大量生産」と言っておられます。「ガンジー自立の思想」M.K.ガンジー(地湧社)

 その上、大量消費後のゴミはどうなるのでしょうか?

 最近、診療所の一部改築後の整理をしたのですが、合板、プラスチック、鉄、アルミニウムなどが混ざった扉や扇風機、5年ほどで故障するパソコンなどゴミはほとんどが再利用できず、仮にリサイクル材料に使うと、その過程で大量の化石燃料を使います。一方、江戸時代には家庭ごみはほとんど再利用し、下肥も肥料とするなどゴミはほとんどありません。後述する、広島の茅葺民家の移築時も、萱(かや)と竹の屋根、土壁、柱、石で主にできていて、解体時、柱などの木材は再利用し、萱は良い堆肥になり、その他も、そのままで自然に帰ります。最近設置した建具のガラスはゴミになりました。私も、「科学がこんなに進歩した時代に、本当に江戸時代のような時代に逆戻りする、馬鹿げた事が起こるのだろうか?」と何度も何度も考え抜きました。

石油に代わるエネルギーが明確で無い事、大量消費で資源の枯渇が免れない事、大量の廃棄物も考慮すれば、完全な循環型社会と思える、薪や植物油などを燃料とし、手作業で製品を造り、生活用具を再利用し、ごみが殆どない江戸時代の技術を残す必要があります。私は、平成12年4月五島に移住後は、伝統技術について調査し、継承に心がけてきました。

Ⅱ.静かに消えゆく伝統技術

現在、大量生産により、安価な品物が大量に出回り、沢山の伝統技術が既に消え、また風前の灯火になっています。日本の伝統技術の特性として特別に注意しなければならないのは、日本の多くの伝統技術は徒弟制度の中で「観て学ぶ」事が慣習になっていて、文章として技術書が残っていないのです。たとえば、桶、鍛冶、木挽き、鋸目立て、船大工、茅葺き、手仕事による畳、牛耕や馬耕、わら細工など挙げれば切りが無いと思います。私が危惧するのは、石油など化石燃料が温暖化で使用できなくなった時、これらの技術が技術書を含め日本に残っていない事です。これらの技術は教科書だけでは足りません。教科書以外に実際の職人から手ほどきも必要です。その職人は現在、文化財など公共事業の仕事がある宮大工や茅葺職人など以外、高齢、又は居なくなっています。

ここからは、私が五島に来てから調査し実践した伝統技術の手仕事が危機的状況にある事を、それぞれの分野について述べていきます。各論で長くなりますので最初は飛ばして読まれても結構です。

1.桶、大桶、樽

桶は約1000年前中国から伝えられ、鉋が道具として使用されてから日本独自の進化を遂げた、と考えられます。特に江戸時代に灘の酒を樽に詰めて江戸まで千石船で運び、また30石の大桶(高さ及び直径2m)以上の技術が完成しました。次第に、桶作りは分業し、小さい桶、樽、大桶は別々の職業として発展しました。

偶然、診療所から自転車で5分ほどの所に長崎県で唯一の桶屋(大島勝師匠:平成14年、当時70歳)が住んでおり、「陶芸教室のように週に1度数人が集まって習えばよい」と思い話したところ、馬鹿にされて次のように言われた。「中途半端に桶作りを学んでも何にもならない、あなた一人が真剣に学ぶなら教える。」

私はそれから出来るだけ診療の始まる前後や休祭日に習いに行きました。大工道具や杉の事も全く無知な状態から始めましたが、手仕事による物作りはとても楽しく、時間を忘れて打ち込みました。

日本の桶職人の事が気になり、平成22年に各都府県の電話帳の桶店を全国調査しました。その結果、桶職人126人、樽職人27名、大桶職人4名でしたが、5年後の調査では高齢者が多かったため、桶職人は60人程に減りました。おそらく、今ではもっと少なくなっていると思います。

このように桶職人の減少の危機より、三男光一を小学校の夏休みの工作に寿司桶を作らせた。大学卒業後、大島師匠の下で桶の修業をし、又、大桶の研修中に出会った若い桶職人湯浅氏と話した後、桶職人になる決意をした。しかし、そこには私が伝統技術の継承を強く伝えてバックアップしていたからで、新たな桶職人は極めて生まれにくいと思います。

大桶は桶職人とは別の職業です。今でも八丁味噌、醤油など高級品には使われていますが、100年以上使用できるため、ほとんど需要がなくなり大桶職人は居なくなりました。大阪堺の藤井製作所が唯一の大桶を作る会社と言われ、小豆島のヤマロク醤油会社がその技術を継承しています。2016年1月私と桶職光一と一緒に大桶作りに参加しました。

しかし、私が以前より全国調査した中で、藤井製作所と異なった製作方法があると聞いていましたからその事を気に掛けていました。たまたまテレビ番組で新潟の高田に風呂桶を修理したと言う金津光雄氏(令和元年時85歳)が出演しました。この方は私の桶の全国調査から漏れた方でした。早速電話連絡を取りました。そこで、なんと桶屋の家系図をお持ちで、江戸初期から13代続いた(初代が元禄14年9月7日に死亡)大桶職人と判りました。そこで、その技術を学ぶために、佐渡の小木にある北前船(白山丸)の記念館をお借りして、そこで私の三男である桶職人と徳島の湯浅桶職人、その弟子たち、私計5人が金津氏と仲間の古川氏から大桶作りを学びました。想像以上にその製作手順は、藤井製作所とは異なっていました。桶作りの最も難しい所は、底板と側板の水漏れです。藤井製作所は側板を組んでから、最後に底板を作ります。しかし、金津氏は底板を先に作り、それに合わせて側板を竹の箍(たが)で締め付けて行きます。一見どちらでもいいように思えますが、これが大違いなのです。大桶の大きさになると底板周辺に30石で6トンほどの重量がかかります。したがって、底板を入れる前に側板を箍(たが)で強く締め付ける必要があります。大桶は全て杉を材料にします。杉という柔らかい材料です。それぞれの側板(30石で約50枚の側板)の杉の硬さの差があるために、底板がない場合、箍を強く締め付けると側板が楕円形に歪みます。その後、底板を入れると、側板に当たる所と当らない所ができます。底を叩き込む時どうしても漏れ易くなります。しかし、最初に底板があると、それに矯正されて側板が歪みません。私は、大桶の場合底板から作るほうが優れた造り方だと感じています。その他にも、以前知らなかった優れた技術をたくさん学びました。

何故、このように造り方に差ができたかの理由はなかなか難しいのですが、私の見解は以下のようです。石油文明以前の日本では職人の数が多く、例えば桶に関しては、昭和20年頃、福江島には下五島桶組合があり約200人の桶職人がいました。その中では競争意識が強く、他の職人にその技術を見せることはなるべくしたくないもので、閉鎖的にならざるを得なかったと思われます。したがって、他の地域の技術が入って来なかったと思われます。面白い事に、五島の桶(大桶ではなく)職人は底板から作りますが、多くの日本の桶職人は側板から作ります。このような製作方法の地域差は、船大工の世界でも経験しました。この事は、伝統技術を学ぶ上、考慮すべきことです。ちなみに、現在スーパーマーケットなどで販売している寿司桶などはほとんどが大量生産による製品で伝統技術はほとんど使いません。

偶然に大桶職人金津氏に出会えましたが、習った当時85歳。数年遅れたら、江戸時代の優れた技術は日本に残らなかったのです。これほど、伝統技術の継承は危うい状態です。

樽職人は今でも全国で20人前後いると思いますが、以前は樽の使用後、酒や醤油の運搬に何度も使い回されていました。現在は主に樽酒として「鏡割り」に使用されるため上げ底されています。そのため、再利用困難で、使い捨て状態です。材木不足が懸念されます。

付録<桶と杉>

桶は柔らかい材木である杉やサワラ材を、樽と大桶は全て杉が材料として使われます。私はできるだけ全国の桶、樽職人を訪れるようにしています。2015年北海道富良野に高岡桶店(当時82歳)を訪ねました。北海道は杉材が無いため「オンコの木」が使われます。これは堅い木です。たまたま、訪問時に桶の修理があり、作業を見せてもらいました。桶が古くなって、側板が縮み、そのぶん底板が大きくなったのです。丁寧に銑(セン)「桶で使用する刃物」で底板を削りました。見ている限り、水漏れは無いだろうと思いましたが、3か所水漏れし、そこを薄く削った木の栓で止めました。この作業を見て、改めて杉材の柔らかさが桶に向いていると改めて思いました。桶の側板の側面は「正直台」と呼ばれる長い鉋を使い完全な平面を作ります。側板の最低でも1.5倍の長さが必要と言われています。小さい桶の場合、正直台は1mほどですが、高さ2mの大桶の場合、3m以上は必要です。側板内部の底板の入る部分は、小さい桶では「イレギワ」(地方により槍鉋と呼ばれる)で、大桶は「四方反り」と呼ばれる小さな鉋で削ります。水はどんな小さな穴からでも漏れるので、水が漏れない桶は難しい技術です。その点を杉の柔らかさがそれに大きく貢献しています。

西洋で使用する樽はオーク材で極めて硬く、必ず側板と底板の間に水の漏れ防止に「ガマの葉」などを詰めます。日本の桶や樽には詰める事はまず必要がありません。

2.鍛冶

私が桶の技術や牛耕を習得しても、その道具を作る鍛冶職人が居なければならないと考えました。また環境問題からも使い捨てではなく、1本の包丁を20年以上使うのが当たり前です。そこで、次男(春生)に鍛冶屋になるように夫婦で勧めました。本人が大学入学を希望したため、鉄に関係する大学のオープンキャンパスに行きましたが、形状記憶合金や鉄筋コンクリートの中の鉄を錆びさせないようにするなど、鍛冶とは全く関係のない研究をしていました。大学というところは石油文明を押し進める研究には研究費を出すが、伝統技術の研究にはほとんど研究費を出さない事が、大学の他の分野を含め私が今まで見てきた大学の姿です。

その後に、かくまつとむ氏の「鍛冶屋の教え」に取り上げられた、茨木県奥久慈の野鍛冶横山祐弘氏を訪れました。夫婦で春生を説得するため3人一緒に行きました。奥久慈はコンビニもなく五島より人の少ない所で横山氏はベルトハンマーも使用せず、私たちもここで修業するのは無理だろうと思いましたが、横山氏自身からも弟子にする事を断られました。その後、春生が「鍛冶屋の教え」を読み、実際の鍛冶職人と話、鍛冶職になる決意をしました。そこで、春生自身が福岡の大庭鍛冶を見つけ、弟子になるべく訪問しました。しかし、鍛冶職では生活ができないと2回訪問しても断られました。3回目の訪問でようやく、弟子入りが認められました。その理由の一つは、鍛冶屋の基盤を作るため、3回目の訪問の前に私が五島の亡くなった鍛冶屋の作業場を購入したことより、大庭氏が何とか生活していけるだろうと判断された事です。

このように自活できなくなった伝統技術は、技術者自身が後継者の入門を断ります。これは他の伝統技術でも同じことが起こっています。そして、誰も知らないところで後継者が減っているのです。日本の刃物は、軟鉄の地金に堅い鋼をはさみ込んだり、貼り付けて作ります。「鍛接」と言う日本で発展した技術です。その長所は、砥石での研ぎが非常に楽になります。世界から注目されています。それでも、大量生産による安価な刃物に圧倒されているため、後継者は少ない状態です。その上、鍛冶職人の大きな問題は、専門が細かく分かれていて、例えば、鋸、鉋(かんな)、鑿(のみ)、包丁、鋏(はさみ)、鉞(まさかり)、玄翁(げんのう)、チョウナ、船釘、農具などそれぞれの専門に分かれ、専門外の品物を作ることがかなり難しいようです。注文も少なく、専門職が育ちにくい環境です。

春生の場合、野鍛冶としてできるだけ多種類の道具を作るように、各種の専門鍛冶職人(茅葺用の鋏、チョウナ、鉋、船釘およびヤスリ)に学びに行かせました。しかし、短期間の研修でしかなく、現在ほとんどが包丁の注文で、他の学んだ技術が維持できるのか疑問です。日本で一番のチョウナを作る鍛冶職人高木順一氏は、研修後まもなく亡くなられました。

3.たたら(日本の製鉄)

「たたら」とは、日本の伝統的な製鉄業で、弥生時代に大陸からもたらされた技術です。初期(弥生時代)は鉄鉱石が原料で、次第に砂鉄が主流になり日本独自のたたら製鉄になりました。たたら製鉄には砂鉄採取、たたら炭製炭、築炉などの工程があります。(参照:和鋼資料館「たたらの話し」)

鉄穴流し

鉄穴流し(かんながし)という手法で砂鉄を採取していました。砂鉄の含有量の多い(といっても0.5~2%)風化した花崗岩などの山際に水路を導き、大池―中池―乙池―樋(ひ)の洗い池を通しながら軽い砂を下手に流しながら、重い砂鉄を沈殿させる方法です。

しかし、今ではこの方法は当然のことながら途絶えて、「やすき鋼」と呼ばれる世界最高の鋼の一部は砂鉄から製造されています。

製鉄には鉄を還元するために木炭または石炭によるコークスが必要です。今の製鉄所は石炭を使い、地球温暖化の原因の一つです。

たたら炭製炭

材木は伐採しても再生するため、木炭の燃焼による二酸化炭素は植物に吸収され地球温暖化にはなりません(カーボンニュートラル)。ナラ、クヌギなどの主に広葉樹のやや生焼けの炭をたたら用の材料にします。1回にたたら操業で必要な炭の量は約10~13トンです。これは、森林面積にすると1ヘクタールになります。たたらが盛んであった江戸時代後半には年間約60回操業が行われていました。たたら炭に焼く木の樹齢は30~50年と言われています。したがって、1か所のたたらでは1800~3000ヘクタールの森林面積が必要となります。

1度伐採した木は30年で切株から新たな新芽が出て、次の木炭の材料になり完全な循環が形成されます。日本は降水量が多く30年で次の伐採ができますが、中国と始めとする大陸では、降水量が少なく木の育ちが遅いため製鉄が頻回にできません。その事も日本の製鉄が他の国より発展できた理由の一つと聞いた事が有ります。ただし、日本でも多くの山がはげ山になり、自然を酷使していました。

築炉

製鉄時は極めて高温(約1500度)になり、周辺への強力な吸水作用がはたらきます。そのため、炉の下には「床釣り」と呼ばれる断熱と断水のための地下構造が構築されています。そこの上に木を燃やして乾燥させ、真砂土を主体に築炉します。内部に木炭を積み上げ、その内部に大きな鞴(ふいご)で空気を送ります。その後、砂鉄と炭が交互に投入されます。その鞴で空気を送る作業者は番子と呼ばれますが、作業は過酷で熱い作業場で70時間程空気を送り続ける仕事で交代制になっています。「代わり番子」の言葉はここから来たと言われています。

 2000年の冬季、私と鍛冶屋の春生は、将来必ず必要な技術と考え、島根県雲南町吉田町一般人が参加できる「たたら操業」に参加しました。送風は鞴ではなく機械でしたが、それでも3日間ほぼ徹夜で過酷な作業でした。しかし、鉧(けら)と呼ばれる鋼の塊が思うようにできず、伝統技術の奥深さと難しさを感じました。

 以前作業していた建物は「高殿」と呼ばれ映画「もののけ姫」にも描かれたものです。屋根は栗材の板屋根で、威厳のある建築物です。内部に入ると、何か別世界の荘厳な雰囲気のある、いにしえ人々の魂が住み着いているような別世界が広がっていました。機会があれば是非立ち寄って観る価値があります。

 世界に誇る日本の製鉄技術は、日本刀を作る伝統技術として鉄穴流し以外は小規模ながら何とか維持できているようです。たたら製鉄に参加して、昔の人がいかに鉄製品を大切に扱ったかがようやく理解できました。

4.炭焼き

炭は煙の出ない燃料で、火鉢で室内暖房や調理にも使用でき、鉄を還元するために鍛冶屋が必要とし、他にもいろんな用途があります。また、副産物の木酢液には強い脱臭作用と毒性の無い農薬(害虫忌避剤)として利用できます。

五島で若い頃、炭焼きをしていた糸柳吉次氏から炭窯の作り方から、木の伐採、炭の焼き方まで全てを教わりました。このような目的で、毎年炭を数釜焼いています。唯、診療所を始めた頃エネルギー問題を考え、火鉢だけで暖房しようとしましたが、火鉢の数が少なくては寒く、火鉢をたくさん使用すると、頭痛など一酸化炭素中毒の症状が出ました。その後、薪ストーブ、エアコンと共に使用しています。炭焼きよりも炭窯作りが難しく重労働でした。その時、お世話になったので糸柳氏に、お礼を渡そうとすると「そんなものを渡すと、わしは来ないよ」と言われた事が、今でも心に残っています。今では、軽トラックやチェーンソーが有りますが、無かった時代は山の中腹に炭窯を作りました。その上、鉈と鋸など手作業でしていた炭焼きはほんとに重労働だったと感じます。炭焼きは各地に小規模ながら維持されています。

5.木挽き

エンジンまたは電気による製材所ができる明治時代初期までは、すべての建造物は木挽き鋸など手作業により製材されていました。したがって、京都や各地にある明治以前に建てられた建造物は全て木挽き、鉋、鉞、チョウナなど手作業で建てられたものでその技術力には圧倒されます。是非、古い建物をその視点から観ていただきたいと思います。最近まで木挽きによる製材は銘木や船大工の製材など僅かに残っていましたが、現在は無くなりました。

私は電気が使用できなくなる時の事を考え、木挽き鋸による製材を復活させる必要があると考え、調べ始めました。木挽き鋸について書かれた鹿熊勤氏の著書「木を読む」を見つけ、そのインタビューを受けた最後の木挽き職人林以一の所を訪れ、その技術をほんの少し教えてもらいました。その後、五島の古い倉庫に眠っていた木挽き鋸を譲ってもらい、木挽きを始めました。しかし、木挽き鋸は製造もされていません。鋸の歯を研ぐ目立てや刃を左右に曲げるアサリ出し、鋸の歯に先端だけ焼き入れする刃焼きなど全く無知な状態でした。その後、鋸の目立ての第一人者である京都の長津勝一氏より木挽き鋸の目立てを始め多くの技術を習い、刃焼きは次男の鍛冶職人春生が習得しました。しかし、木挽き鋸を製造する技術自体は途絶えていて、木挽きの復活は今後の大きな課題です。

6.鋸の目立て

大工が使う鋸もかつては刃が切れなくなったら目立てをして、一本の鋸を数10年使うのが環境エネルギー問題を考えると当たり前のことでした。しかし、現在は日本の99%以上が使い捨て鋸を使っていると思います。使い捨て鋸は、永く切れるように刃先だけを高周波焼入れで硬く焼き入れし、それ以外は焼き入れされていません。したがって、切れなくなった後、ヤスリで目立てができないのです。ほとんどの人が使い捨て鋸を使う現在では、鋸の目立て職人は生計が立てられません。すでに、日本には目立て職人はほとんどいません。居ても当然高齢者ばかりです。私が数10年使用できる鋸を購入しても、目立てができなければ使い捨て鋸と同じです。そのように悩んでいる時、テレビ番組「和風総本家」に鋸の目立て職人が取り上げられ長津勝一氏が出演しました。そのバックに若い弟子がいるのに驚きました。早速、長津氏に電話をかけて「目立てを教えてほしい」と嘆願し、最初は無理だと断られましたが、最終的に希望が叶いました。しかし、鋸目立ての習得は困難でした。

 長津勝一氏の弟子であった須藤聖一氏は熊本の球磨工業高校の伝統建築科を卒業し、建築作業での鋸の重要性とそれが使い捨て状態に有る事に危惧し、鋸の目立て職人に成る事を目指された方です。数件の目立て職人の弟子入りを希望しましたが、何れも生計が立たないからと断られました。最後に長津勝一氏に弟子入りできました。しかし、将来の生計がほとんど立つ可能性の無い職業に弟子入りした事は、私には感嘆の一語しかありません。現在、日本に若い目立て職人は2人と思います。

7.鋸

鋸の目立てと同じほど大切な事は、手仕事で鋸を造る鍛冶職人がほとんど居ないことです。埼玉の川越に中屋瀧次郎氏が唯一の職人でしょう。使い捨てではない鋸もほとんど機械作りです。

実は、日本の鋸は引いた時に切れますが、日本以外の国の鋸は押した時に切れます。鋸の歯が前後反対を向いているのです。ほとんどの日本人にとって引いて切るのが当たり前と思っていると推察しています。しかし、鋸は縦引きの場合、押して切る方がよく切れるのです。なぜなら、木の繊維に沿って撫で切るからです。一方、引いて切ると繊維を逆なでします。鉋で言うと前者が順目で、後者が逆目になります。木挽き鋸を使うとよく解ります。それでは何故切れ味を落としてまで引いて切るかと言うと精度を高めるためと思います。押して切ると木の向こう側がどのように切れているか見えませんが、引いて切る時も対側が若干ズレる事がありますが、押して切るよりかなり精度が高くなるでしょう。ヨーロッパはオーク材など堅木を切るため切れ味を第一にし、日本は杉、檜など柔らかい木が多く精度を重視したものと推察しています。日本の鋸も世界に類の無い日本の伝統技術です。後で述べますが、船大工の水漏れを防ぐ技術「すり合わせ」の重要な道具となっています。

8.鑢(ヤスリ)

今では、ヤスリは使い捨てと思われていますが、以前は再生して何度も使われていました。京都で機織りの杼の伝統的な製作者、この分野でも後継者がいないのですが、そこを訪れている時、そこにある茨目(イバラメ)のヤスリについて質問し、手作業の再生ヤスリと聴き、その事がきっかけで偶然、京都で手作業のヤスリを製造している澤田英之助氏(当時86歳)に出会いました。お会いした時、体は震えていて、ヤスリが造れるか心配していました。地面に座り両足でヤスリを抑え、左手に鏨(たがね)を持ち、右手に金槌を持って、ヤスリに目立てを始めた時、びっくりしました。それまで震えていた手が“ぴたり” と止まり、驚くような速さと正確さで目立てを始めたのです。その時、手仕事をする職人の力に驚嘆しました。もう一人東京に手作りのヤスリ職人深沢氏に訪問しましたが、現在はすでに辞めています。今では手仕事でヤスリを作れる職人は居ないのではないかと推察しています。全てのヤスリが機械作りです。鉄鋼ヤスリは現在も生産されていますが、鋸の目立てヤスリはほとんど需要が無いため、製造がされなくなり、無くなると鋸の目立てもできなくなります。一つの職業が無くなると、他の職業が成り立たなくなると言う「負の連鎖」が始まっています。次男の鍛冶職人春生とヤスリの作り方を教えて戴きましたが、学習期間も短く、その後製作していないので、手造りのヤスリは復元不可能かもしれません。

9.手仕事による畳床

現在,畳の95%以上の畳床は、ダイケン畳やスタイロフォームなど石油製品になっています。その理由は、現在の家は機密性を重視し床がコンクリートや隙間の無い場合が多く、その場合はアレルギーの原因となるコナダニの発生が以前の藁床より少ないと宣伝されています。

 さて畳床は明治時代までは全て手仕事で作られたが、大正時代に機械で圧縮されミシンのような機械で縫われるようになりました。福島県の畳職人今川一芳氏が桂離宮の昭和の大修復工事の記録映像を観た時、宮大工が建物を伝統工法で建てられている中で、畳が機械縫いの畳である事を知り、以前父親から教わった手仕事の畳床の復元を志みて、技術の継承と製作手順を冊子にされています。今では、金沢職人大学と数か所で技術が継承されています。しかし、手作業の畳床は価格が高く、今後の技術継承には不安が残ります。

自宅に今川さんの機械による藁床の畳を敷いて、藁床はダイケン畳床より柔らかく、正座をしても足がしびれにくいです。しかも、湿度の高い日本では床下からも通気ができる板を張り、その上の畳はやはり稲わらの畳床が素晴らしい先人の知恵と思われます。実際、私の家の2間を、片方を藁床、もう一方をダイケン畳床にした場合、明らかに1年目の畳表のカビの発生は藁床が少なかった。おそらく吸湿性に関して藁床が圧倒的に良いからだと思われます。2年目からはどちらもカビは発生しなくなりました。

2018年4月移築終了時に、福島の今川氏に畳床を頼みました。伝統技術の継承を考え、私は福島まで行き手作業で畳床を作らせて戴きました。

手床畳の簡単にその作業手順を述べます。先ず、4種類の菰(こも){肌ごも、裏ごも、胴ごも、縦ごも}をこも編み台とこも鼓を使って地道に作ります。こもは縦横交互に重ね合わせ、一番上の肌ごもの下に、縦横交互に藁を敷き、畳表面を凹凸の無いようにします。全体で厚さが20㎝あるのですが、畳糸で縫い、足で締め上げて最終的に5㎝の厚みになります。言葉では簡単に書いていますが、こも作りは根気がいるし、針を正確に通し、足で畳を締め上げる事は難しかったのです。そこには先人の叡智がたくさん有りました。

 畳は日本特有の文化です。湿度が高く雨の多い南方系の高床式家屋に、日本の冬の寒さ対策を加味し、江戸時代に広まったと言われています。畳は暖かく、肌触りが良く、靴を脱いで生活する日本人にとって立ち居振る舞いの原点ではないでしょうか?その技術が足元から消えようとしている事にほとんどの日本人が気付いていません。

10.茅葺民家

現在の建築基準法では新たに茅葺屋根を葺く事はほぼ不可能になっています。都会では火災に弱い葺屋根を避けた方が良いことは理解できます。しかし、瓦屋根は瓦の製作に大量の化石燃料が使われます。また、瓦は大丈夫だと言っても耐久年数は50年前後です。石油文明以前に於いて都市以外のほとんどの一般家屋は茅葺か板屋根でした。葦で葺いた屋根は耐久年数30~40年と言われています。しかも、最終的に廃棄される茅葺の材料は「コエグロ」と呼ばれ、優れた肥料になり、完全な自然循環となります。そのため私は、長い間、「茅葺屋根、石場建て、土壁の家」を建てる事を目標にしてきました。最初は新築の家を考え、伝統工法を知る大工と設計士に相談していましたが、建てる建築費用が高額過ぎる事と設計上に疑問があり3年間程検討の後、建築を断りました。諦めかけたのですが、藁をも掴む気持ちで、2016年1月に広島の茅葺民家保存会の上田進氏に相談し、広島の茅葺民家を移築する事になりました。その民家は、現在の所に100年前に他の所から移築された民家で、経年時間は正確には分かりませんが200年ほど経過した建物ではと推察しています。床下の柱はほとんどが傷んでいて、北側の屋根も雨漏りし、一部の梁が腐っていました。移築時に柱は大黒柱と恵比寿柱以外は全て根継ぎして、柱の下半分を新しい木材に変えました。梁などの材料は極端に大きな意匠性のあるような豪華な民家ではなく、少し裕福な農家のようでした。地元の人からは何であのような傷んだ民家を移築するのかと言われていたようです、しかし、材料は松や栗などで鉞(マサカリ)、チョウナ、木挽き鋸など全て手作業で仕上げられて、年数が経って美しく感じました。近畿大学工学部建築学科市川尚紀教授とその研究生たちが移築に大変協力して頂きました。4年生の武中正英君がこの茅葺民家を卒業論文のテーマにしました。10人以上の学生が茅葺屋根、土壁、土天井などの解体作業に参加してくださいました。しかし、石場建て(後述)の古民家を扱える大工が見つからず苦労しました。ようやく岡山県の鞆に住む羽田俊雄氏を棟梁とし、五島の小田洋一大工と共に2016年12月解体し、12トントラック1台で材料を乗せ五島に運びました。真夏に茅葺屋根を葺き、壁の竹小舞を編み、土壁の荒壁を塗り、乾燥するまで養生し、中塗り、漆喰仕上げ、囲炉裏、三和土(タタキ)土間、家周辺の三和土仕上げ、土天井、かまど型ロケットストーブなど、盛りだくさんの課題を克服し、一年以上かけて2018年4月移築に成功しました。設計士はアリクデザインスタジオの村若氏に頼み限界耐力計算をしてもらいました。一つ残念なのは、石場建ての石を槌で固める作業「ヨイトマケ」ができなかったことです。

茅葺屋根は雨を通しませんが、室内の空気は屋根を通して出て行くため夏は涼しく、私の茅葺屋根の自宅はエアコン無しで過ごしています。茅葺きの材料の葦は地元で自ら鎌の手作業で刈り取りました。1町歩(1ha)の葦原を毎年5年葦刈りしました。その2年半分の葦で茅葺屋根を作りました。茅葺職人は重要文化財などで賃金が高く、全国には若い職人が比較的います。しかし残念なのは、建築基準法で新しく茅葺の家を建てる事は著しく制限されています。又、茅葺の材料である萱(かや)や葦(よし)が手に入りづらく高価で、その事を含め一般家庭にとって茅葺の屋根を維持する事でも金銭的に極めて困難な状態です。今後は、専門の職人を一人棟梁に呼び、それ以外の事ができる技術者を各地方に育てる必要があると思いますが、伝統技術を残す事の難しさがここでも明らかになりました。

付録<さす構造>

信じがたい事ですが、茅葺屋根はその下の建物には結合されていません。丁度、頭の上に帽子をかぶったように乗っかっているだけです。「さす」と呼ばれる、先を尖らせ丸太が梁や桁に刺さっているだけです。そのように下部に結合していない事は、石場建てと同じく一種の免震構造になります。日本全国のほとんどの茅葺屋根が同じ構造をしていますから、地震国での知恵ではないでしょうか。しかし、現在のほとんどの大工や設計士はさす構造を知らず、施工困難です。

付録<土天井>

茅葺民家には天井が無い場合が多いのですが、広島地方を始め天井を作る場合、一つの方法として丸竹を使用します。しかし、竹だけでは隙間から暖気が逃げますから、その上に藁と土壁の土を載せる土天井と言う技術を用います。上記の断熱の長所以外に、土を載せる事により、茅葺屋根の火災時に火の延焼が遅れ、家財道具が出せると言われています。

現代のように帯鋸製材が無く、木挽き鋸で人が1枚1枚製材した時代に天井板を何十枚も製材することは高くつきますから、竹と土を使用する土天井はよく考えられた生活の知恵と思います。そのように思い、自宅でも、移築前の家のように土天井にしましたが、囲炉裏や釜土の使用が少なく、天井が燻されなかったため、竹にタケトラカミキリと言う虫が入りました。最終的に土天井を撤去しました。竹はとても素晴らしい材料になりますが、頻回に燻すなどが竹の防虫には必要である事を知って、今では夏でも囲炉裏や釜戸でご飯やお茶を沸かしています。茅葺は屋根から熱が逃げるので、夏でもあまり暑くありません。昔なら毎日囲炉裏、釜戸を使い茅葺屋根を燻す事は常識だったでしょう。

付録<五島での茅葺と板屋根について>

五島では、以前農家は主に茅葺材料は主に麦わらや稲わらで、屋根は数年しか持ちませんでした。その事もあり、五島には茅葺民家は家も技術も残っていません。

漁師集落では藁が手に入らず、主に板屋根が使われ。全国の山間地域でも板屋根が多くありました。板の葺き方には数種類ありますが、大きく分けると板を竹釘で止める方法と、板の上に石を置く、石置き板屋根があります。材料は主に杉ですが、地方によりサワラを使います。五島では台風対策もあり、全て石置き板屋根でした。その技術をモニュメントとして復元しました。現在でも、重要文化財などで板屋根の需要があり京都の桂離宮は板屋根で葺かれて美しい屋根です。私は秋田県角館の板屋根職人雲雀(ひばり)佐太雄氏から板屋根の割り方から葺き方の技術を、ビデオを送ってもらい学びました。杉板を長さ1尺(30cm)に鋸で玉切し、それを鉈でミカン割にします。外側の辺材を捨て、厚味4~6㎜に薄く鉈で割ってゆきます。それを材料に屋根を葺きますが、1寸づつずらせて葺くので屋根の面積の4~5倍近くも材料が必要になり板屋根割りは大変な作業でした。竹釘作りも大変なため、今回は小さい鉄くぎを使用しました。石置き板屋根も作りましたが、破損が強く壊しました。

雲雀氏は100年ほどの秋田杉を使い柾目に割り(「へぐ」と言う)ましたが、五島の40年の杉は柾目に割れず、板目で割りました。

11.石場建て

現在の建築基準法で都市計画地域では、ほぼ家の基礎はコンクリートで作るように義務付けられています。しかし、コンクリートの耐用年数は50年程度と言われています。材料に海砂など塩分が入っていると耐久年数は短くなります。いずれにしろ、木材の200年以上耐久性があっても、基礎コンクリートの寿命で家を壊さなければならなくなります。しかし、石場建とは、古民家に見られるように、地面に石を埋めその上に柱を建てる建築法です。石の上に建てますから、建築材料の木材より耐用年数は遥かに永い訳です。又、石場建の場合、柱が石の上に置いてあるだけですから、地震の時に免震構造になっていると言えます。石と柱の接触面は「光付け」と言う技法で石の表面と同じ形状にしてぴったりと合うようにします。石は上に凸状態にして水はけを良くし、軒を出してなるべく濡れないようにして腐食対策をしています。どうしても濡れやすい場所には腐れにくい栗材を使います。

このように優れた面を持っていますが、建築基準法で採用できないため、ほとんどの大工が石場建ての技術を知らない状態です。

12.土壁や三和土

現在の左官職人は、土壁や土間の三和土仕上げなど、伝統技術の経験がないのが実情で、私がその技術を調べ上げ、真砂土に稲わらを混ぜ1年ほど寝かせました。その技術を使い、過去に多少経験のある地元の左官・松下義人氏に頼みました。土壁の下地になる竹小舞の作り方は全て自分で調べ、家族やアルバイトと共に作りました。左官と一緒に荒壁を塗った後、乾燥するまで2か月養生し、左官が中塗りした後1か月養生し漆喰を塗りました。土壁は断熱性が強く吸湿性もあります。石場建ては家が地面に接しているだけの状態ですから、土壁は台風に弱い短所をその重量で支えます。五島を直撃した令和2年台風9号、10号にも、びくともしませんでした。また土壁は完璧なリサイクル材料と言えます。

 三和土とは真砂土、石灰、にがりを混ぜて叩き締めるので、三和土(タタキ)と呼ばれます。土間と家の周囲は三和土仕上げにしました。コンクリートより柔らかいため足にやさしく、環境にもやさしいと思います。

付録<かまど型ロケットストーブ>

 茅葺屋根の家の暖房をいかにすればよいか随分悩みました。化石燃料を使わずにいかに暖房するか。囲炉裏や炬燵も考えましたが、囲炉裏は煙が出る事から、それだけでは足らないと思いましたし、木炭を使った炬燵は入った人だけが暖かいだけです。薪ストーブの使用を長い間考え、日本各地の茅葺民家を探しました。最初は京都府美山の梅棹マヤオ氏を訪れました。薪ストーブの煙突を天井裏に出しその先端をステンレスのガードで保護するものでした。2件目は秋田県湯沢の茅葺民家で安価なストーブコンロから長く煙突を延長し外壁の外部まで導き、最後は外壁から40㎝程延ばし少し下向きにしてありました。私はどちらも火災の心配を払拭できないでいました。

 大桶の研修中に出会った千葉県から参加していた神澤則夫氏(環境問題に造詣が深く、実践されている:NPO法人トージバ副代表理事)からロケットストーブを勧められました。ロケットストーブとは、実際のロケットとは何の関係もなく、完全燃焼するときの燃焼音がロケット発射のような音がするから、そのように呼ばれています。その原理は燃焼物の上に断熱した筒があると、燃焼された高温のガスが勢いよく筒の中を上昇します。その力で燃焼室に外気が勢いよく入り完全燃焼します。同時にその力は煙の排気力にもなり、煙突を9mまで縦横に延長でき、燃焼した熱を室内でほとんど利用し、最後の排気温度は30~50度まで下がります。薪ストーブに較べてロケットストーブの長所は1.薪が完全燃焼する事 2.煙突を長く延長できるため、薪の燃焼エネルギーをほとんど暖房に利用できる事 3.煙突が長いため煙の温度が下がり煙突火災の心配がほとんどない事です。実際、薪の使用量は薪ストーブに比し半分程度になる印象です。

ロケットストーブを自宅に設置している家を数軒訪れ、自らも実験していました。しかし、ロケットストーブには三つの欠点がありました。それは。1.太い木を燃やせないため頻回に木を追加しなければならない事、2.燃やしている木が外部に露出し火災の危険性が気になる事(多くのロケットストーブは土間に設置してありました) 3.煙突を9m程長くし暖房使えるが、外の煙突に風が入るとバックフローして室中に煙が戻る事でした。悩んで実験を繰り返している時、インターネットで検索していたところ、オランダのピーターファンデンベルグ氏が「かまど型ロケットストーブ」(Bach box rocket stove)を載せていました。それは上記の欠点をすべて払拭したものでした。(その詳細は農文協出版の季刊地域,No.33の130~133頁に掲載)2回冬を過ごしましたが快適です。煙突は天井裏に出しています。天井の上で横に4mほど延長して場所を移動し茅葺屋根全体を燻しています。ロケットストーブは薪ストーブに較べ鉄の使用量が少なく、自作できます。薪ストーブもこのストーブも薪を使用し環境にやさしいと思いますが、必ず薪の調達時には、チェーンソーを使います。これには混合油とオイルが必要で、化石燃料が使えないとき、鋸ではとんでもなく重労働になります。したがって、このストーブの利用に永続性があるかは、今後の課題です。

13.船大工

明治時代初期まで、北前船など千石船が日本中廻り、北海道の昆布や各地方の特産品を国中に回していました。例えば、昆布などは北海道しか産出できませんが、沖縄を含め日本中で使用されており、いかに活躍していたか分かります。しかし、明治時代、西洋文化による黒船蒸気船により千石船の製造が禁止されました。

千石船の排水量が150トンに比し、黒船蒸気船サスケハナは3824トンと25倍の排水量があり1回の運搬量が断然多く、そのことも衰退の一因と考えられます。

 その後も日本で木造船自体は造られていましたから船大工はいましたが、30年以上前からFRP船(ガラス繊維強化プラスチック船)が、急激に広まり、木造船は日本でほとんど製造されなくなり、船大工が急激に居なくなりました。現在、日本全土で高齢の船大工が数人いるだけです。

しかし、FRP船は廃棄処分が困難で放置船が日本中にあり、社会問題になっています。木造船はFRP船のような耐用年数はありませんが、木材と鉄の船釘だけでできていて、ほぼ完全な自然との循環の中にあります。しかも、日本の造船技術は世界にないものです。外板の水漏れ防止のために、「すり合わせ」と言う、鋸を使用した技術と「つかせ」と言う外板を曲げる技術など素晴らしい技術が消えようとしています。現在はむしろ、造船技術研究家アメリカ人(ダグラス ブルックス氏)がその技術を継承しようとしています。

「すり合わせ」は、世界に日本しかない技術です。水漏れを防ぐ方法として、桶では正直台という大型の鉋を使いましたが、船では全く異なった方法を使います。主に船の外板間の水漏れに使われます。接合面を鋸で切断して合わせても、必ず隙間が生じます。接合面を正しく合わせ、それを両側から「つかせ」と言う方法で強く密着させます。その隙間を、先の尖った「すり合わせ鋸」で引くと、隙間の無いところだけが鋸の幅だけ削られ、次第に密着し、ある程度密着すると、鋸の小さく刃の出(あさり)も小さい「コブクロ」と呼ばれるすり合わせ鋸で引きます。この作業はかなり精密な作業です。少し間違うと外板の間ではなく左右どちらかの木を切ってしまいます。日本の鋸は引いた時に切れます。日本以外の国の鋸は押した時に切れるようになっています。「すり合わせ」と言う技法は引くときに切れる鋸でなければできない事が、今回令和2年4月に自分で伝馬船を作って解りました。真に、「すり合わせ」とは、日本の鋸(精度を求めた引いたときにきれる鋸)だからこそ可能になった技術で、だからこそ日本にしかない事が解りました。

「つかせ」は、船と言う曲線形状を作るときに、角材(端材でもよい)で地面、壁、天井と曲げようとする船材の間の「つっかえ棒」の技術です。一見、「そんなものが」と思われると思いますが、実際使うとその効力には驚かされます。身の廻りの材料でできる先人の知恵に敬服しました。

「焼き曲げ」船の外板の曲線を形作るのに必要な技術が、焼き曲げです。氷見では曲げる板の内側は焼き、外側は熱湯を掛けて曲げました。この方法にも、日本各地で違いがあります。

私は和船の技術が絶滅する事を危惧しています。そこで、28歳の鋸目立て職人(須藤聖一氏)に船大工の技術を継承してもらうように嘆願し、現在富山県氷見市の番匠光昭棟梁の下で伝馬船を作っています。番匠氏に出会うまで、2人の船大工に入門を依頼しましたが、将来性が無い事、自分が修行した時は見て学んだだけで、他人には教えきれない、30年以上作っていない事などの理由で断られました。しかし、教えると言っても和船の注文が無ければ、教えようがありません。やむを得ず、私が伝馬船2隻を注文し、それで須藤氏と私が習い記録ビデオを録画しました。しかし、船大工として一人前になるには不十分です。あと何隻か経験を重ねる必要がありますが、注文がありません。(昔は、3年修業し2年がお礼奉公と言われていました)伝統技術の継承が現在の時代に困難である事をここでも経験しました。

 日本は6852の島があり、人の住む島も437あります。現在、化石燃料を燃料としていますが、例えばジェットフォイルは1リッターのジェット燃料で37mしか進めません(インターネットの資料より)。長崎~五島間往復200kmで約5400リッター(200リッタードラム缶54本)と大量の化石燃料を使います。ちなみに、ジャンボジェット機は1リッターのジェット燃料で120m飛べます。

 このような状況から、和船の技術を小型の伝馬船から始め、将来はすでに絶滅した大型和船による帆船の建造技術を再生する事が是非とも必要と考えています。特に、和船の技術に西洋の帆船技術(マスト2本以上のスクーナ型帆船)を取り入れた愛知型打瀬船が最適と考えています。この船は瀬戸内伝統航海協会の原康司氏(打瀬船で外洋航行を目標設定)から教えてもらいました。大正時代に日本からアメリカまで6隻すべてが航海できた走行性能の優れた船です。現在、その1隻「藤井丸」(全長15m、重量6t)が愛知県の知多市民俗資料館に保存されています。しかし、このような大型木造帆船を造るには数人の船大工が必要ですが、桶職人光一や若手の竹細工職人松本裕和氏と大工高橋素晴氏にも研修してもらいましたが、未だ一人の船大工が育つか分らない状態で、今後の大きな課題です。

14.櫓(ろ)

帆掛け船を始めほとんどすべての和船は櫓を使います。櫓は長時間漕ぐのに非常に適した道具です。船大工も作れますが、日本に唯一人櫓の専門職人(瀬尾豊明氏77歳)が広島県向島にいると聞き、令和2年8月櫓の製作技術を習いに行きました。今まで、習いに来た人は1人だけでその方も完全には作れないようでした。教えてもらった技術は船大工の作る櫓とは、材料をイチイガシに限定し、製材の方法、墨付けの仕方など細かい配慮が船大工の製作するものとかなり異なります。櫓の専門の伝統技術も消えようとしています。短期間ですが、鋸目立て職人須藤聖一氏と桶職人光一に研修させました。

付録<鉞(マサカリ)、釿(ちょうな)>

これらは、木を斫る(はつる)大工道具です。木を削る道具で、今では大工も電動工具を使うため、使用されなくなり、ほとんど見ることもありません。今回、番匠船大工や瀬尾櫓(ろ)職人がこの道具を使うところを見る機会に恵まれました。

今では、電気鋸で切る所ですが、これらの道具で墨付けのほんの傍まで斫り、その後は鉋で削れる状態までになります。その速さや正確さには目を見張るものがあります。思わず見惚れました。電動工具に勝るとも劣らない速さと正確さです。しかし、鉞(まさかり)や釿(ちょうな)を作れる鍛冶職人もほとんどいない状態で、復元には困難を伴います。

15.槙肌(まきはだ)

 船の水漏れを防ぐためのヒノキの外皮です。昔は、槙の木から作っていたため槙肌と呼ばれていましたが、広島県大崎上島でヒノキからの製造が発明され、全国の70%以上が大崎上島で作られる一大産業となりました。しかし、現在は製造されていません。今、船大工や桶職人は昔購入した在庫品を使用しています。無くなると船大工は船を製造できなくなります。

 私は2016年ダグラス ブルックス氏のメールより、大崎上島の資料館に製造工程が残されていると判り、製造法を学びに行きました。その資料館だけでは製造が難しかったのですが、マキハダを以前販売していた方の子息・土井俊斎氏から直接製造法を聞きました。何度か挑戦していますがあと一歩の所です。現在では購入できません。

 このように、一つでも材料が手に入らないと和船などできなくなりますから、よくよく慎重に熟慮し、伝統技術の継承にうち込む必要があります。

16.縄、ロープ、糸

茅を葺く時に大量に麻縄を使い、船の係留時に麻のロープ、畳に使う麻糸にも自然素材で使われています。しかし日本では大麻取締法で麻栽培が禁止され、許可制により現在では江戸時代から栽培されている栃木県の1か所と何か所の研究施設でしか栽培されていないと思われます。しかも、そこでもマリファナなどの成分が無い品種が栽培されています。世界ではこのような品種は自由に栽培できますが、日本ではそれすらできません。茅葺屋根の葦を縛った麻縄は全て海外製です。紐、縄、ロープは生活になくてはならないものです。薬物問題がありますが、それがない品種も開発されている訳ですから、ぜひ将来のために栽培できるようになればと願っています。麻以外にも、棕櫚(しゅろ)、からむし、など材料と、竹縄作りの技術も維持困難です。

 以上のように、江戸時代ごく普通にあった多くの技術は極めて継続困難になっています

Ⅲ.食料問題

石油など化石燃料が使用できなくなると直ちに直面する事は食糧問題です。例えば米を挙げると、トラクターでの耕耘、除草剤、肥料、脱穀、乾燥、運搬、精米、炊飯どれをとっても石油など化石燃料に依存し、無くてはならないものです。できた米のエネルギーより使用した化石燃料のエネルギーの方が何倍も多いと言えます。モントゴメリーは「土、牛、微生物」の中で「食品1カロリーを得るのに化石燃料10カロリーを燃やしている」と述べています。使用しているトラクターなどの製造エネルギーを加えると、どうなるのでしょうか?

日本は食糧自給率40%以下でもあり、とんでもない食糧危機になると思いました。そこで、平成12年に五島に移住して、無農薬で稲作を始めました。始めて3年頃より、牛耕を始めました。苗床、田植え、除草、掛け干しなど出来るだけ化石燃料を使わないようにしました。それでも、しばしばトラクターや田植え機を使用し、毎回バインダー(稲の刈り取りと結紮)、ハーベスター脱穀)を使い、軽トラック、精米など石油や電気を使いました。20年間、続けていますが、それでも非常に大変な作業です。とてもこの作業を皆さんが稲作をし、食糧を自給できるとは思いません。

手作業で全ての作業が可能なサツマイモやジャガイモと麦の2毛作が良いと思います。

1.牛耕

今、電気自動車が五島でレンタカーとして運転されています。そのバッテリーは大変高価であると同時にようやく軽自動車が60~100km動かせる程度ですから、ガソリン換算で5リッター程しか走れません。しかも、バッテリーの交換には60万円以上掛かります。それはリチウムイオン電池ですが、リチウムはレアメタルで採掘に大量の化石燃料を使い高額になります。とても、トラクターのような重機を動かせるようになるとは思えません。数10年前まで日本中で、自宅の中に牛を飼い家族同然のようにして、その牛で田畑を耕していました。しかし、私が五島の来た平成12年には、誰も牛耕する人はいませんでした。この事は、日本中でほぼ同じでしょう。

 そこで、以前牛耕の経験のある太田利美氏(当時70歳)に、牛に鞍の付け方、鋤の持ち方、田畑の鋤方など全てを教わりました。牛の糞は肥料になり,子牛を生み、まさに肥料を作り、そして増えるトラクターと言えます。しかも、トラクターの運転中は乗用車と同じで全く体を使わないため、生活習慣病の原因なりますが、牛で耕すときは自らもかなりの労働になり健康に良いことが解りました。又、牛はとってもかわいい動物です。ただし、生まれてから人間が背中を摩るなど手を掛けずに育てないと、大量飼育の場合、おとなしい子牛でも怯えて調教すらできないことが、2頭目の購入した牛で分かりました。インドで牛を神様と扱う事や、日本でも牛や馬を神社に祭る事は、牛耕をしてみると良く解ります。人間の力ではとても田は作れません。おそらく、人類がアフリカからアジアや日本に進出できたのは、この動物や鶏、犬、猫たちのお陰と思えてなりません。

 牛の鞍や鋤(すき)などの農具を作る人も、当然一人もいません。

2.日本の在来馬

 石油文明の後、運搬は自動車になり、馬の需要は競馬や乗馬クラブ以外ほとんど無くなりました。日本の在来馬は日本の気候に合い、粗食で育ち、おとなしく、小さい割に力があると言われています。道産子、木曽馬、対州馬、与那国馬などがいます。

 対州馬に関して言えば、明治時代に4000頭以上いましたが、今では40頭前後になり近親交配も進み絶滅の危機にあります。木曽馬も100頭前後で、江戸時代には色んな毛色の馬がいました。第2次世界大戦の時、馬を大型化する国策によって木曽馬は繁殖されなくなりました。その後に残っていた1頭の牡馬を何とか見つけ繁殖して現在に至っていますが、近親交配の影響か毛色が同じになってしまいました。数を増やしても、費用と手間が掛かるだけとの事で、頭数を増やせないのが現状です。

私は何とかならないかと思案していましたが、たまたま五島の乗馬クラブに雌の対州馬がいる事が分かり購入しました。名前は「野の百合」のイメージより「リリー」と名付けました。繁殖相手の雄を探しましたが、なかなか見つからず、見つかっても牡馬の生息場所、性格、体形、種付け場所、預託料など多くの問題があります。たまたま、当時県内の島原農業高校に雄の対州馬がいて、山田善光先生という、対州馬の保存に尽力されている熱心な先生がいました。毎年学生を対馬に連れて行き、その系統図を作成しておられました。その先生のお陰で、3回種付けに成功し1回は流産し、雄と雌各1頭出産しました。

リリーは馬車、山からの木の切り出し、乗馬に活躍していましたが、事故により右目の角膜炎と反対側の白内障で使役に使えなくなりました。子供の2頭は福岡の乗馬クラブ(ルバード花畑)に預けて調教してもらいました。その時、乗馬クラブからの希望で雄の「風馬」は購入していただきました。当方の都合もその方が良いと判断しました。風馬は初のレースで2着になるなど活躍している様です。現在、親子の雌が五島にいますが、子の雌の「モモ」の繁殖相手が見つからず、対馬以外の対州馬には同じ悩みを抱えています。対州馬保存会の強いリーダーシップが望まれ、対州馬を含めた在来馬の将来性に強い危惧を抱いています。

3.無農薬による稲作

無農薬で稲作することは日本で完全に確立しているとは言えないと思います。植物には光合成の違いによりC3植物とC4植物に分けられます。人間の食べる作物(米、小麦、野菜の多く)は多くはC3植物で、成長の早いトウモロコシ、サトウキビはC4植物です。雑草のほとんどはC4植物で、気温が高いとC3植物より成長が早い。田植えをする一番大きな目的はヒエなどの雑草に負けないように15cm程に成長させた苗を植えます。しかし、何もしないと後から芽生えた雑草が追い越して、稲への日光を遮断し、土壌の栄養分を奪い、米の収量が極端に減ります。(注釈;C3植物:化学エネルギー(ATPとNADPH)を使い二酸化炭素からデンプンを合成するカルビン回路のみを持つ植物。C4植物:二酸化炭素濃縮機構付きのカルビン回路を持つ植物で、水分が多く、気温が高く、光の多い条件でC3植物を凌駕する)

稲作の本を何冊も読み、除草と害虫対策に合鴨農法をすることにしました。合鴨農法を開発した古野隆雄氏の所で勉強し平成12年より13年間ほど取り組みました。雛を田植え後の1週間目から1反(10a)に20羽ほど放します。雛のうちはカラスから狙われるので田の周囲にネットを張り、上には釣り糸を縦横に張り巡らせます。それでも、カラスからしばしば盗まれました。エサはくず米などを与えます。穂が出ると鴨が穂を食べるので、田から離します。合鴨の成長するまで餌をかなり給餌する必要があります。最後は鴨肉にしますが、絞めた後、鶏と違い水鳥は羽毛を取り除くのが大変でした。それでも他に良い無農薬稲作が無いと思い続けていましたが、ある問題に気付きました。私の田は山裾にあり8枚の棚田ですが、13年合鴨農法したためと考えているのですが、一番上の田の土が減っているのです。このまま続けていると田の土の状態が変わってしまうと考え合鴨農法を止めました。その理由は次のようです。鴨は水掻きで常に水を掻き混ぜる為、田の水は濁っています。それは、田を耕し、水を濁らせて一部の雑草の発芽を抑える効果が期待できる良い点が指摘されています。しかし、濁る成分は土の中の粘土成分で肥料を吸着しています。頻繁に田に水を入れる稲作では、上の田から、下の田に養分の含む粘土が流れるのです。稲作を始めた1年目から、上の田に較べ下の田の収量が多い事に気づいていましたが、原因不明でしたが、この時ようやく原因が判明しました。棚田での合鴨農法にはこのような問題がありました。

その後、チェーン除草(稲の活着後に田の中でチェーンを引きずる。苗は抜けず小さい雑草は浮き上がる。しかし、雑草が少し大きくなると抜けない)や米ぬか除草(ぬかが発酵する時の強い酸により雑草の発芽を抑制)や奈良県の川口由一氏の自然農法に近い事もしましたが満足を得る結果を得られませんでした。

「除草剤を使はないイネつくり」(農文協)にNPO法人民間稲作研究所代表 稲葉光國氏がヒエやコナギなどの湿性雑草は表層の2~3cmの種のみが発芽するとの記載があり、それをトラクターで浅く混ぜ水で流す方法が記載されていました。私は化石燃料をなるべく使いたくないため、田植え前に牛の後ろに角材にチェーンをたくさん付けたチェーン除草の大型道具(苗が無いので深く引きずる)で田の中を引きずり、その後水をかけ流し、発芽後の雑草や種を排出する事を実践しました。本格的に今年始めたばかりですが、深い土から発芽する球根性の雑草には無効ですが、田の一番問題であるヒエとコナギには著効でした。

除草剤を使用しなければ、田の生物を殺さないため、私の田にはカエルやオケラ、ゲンゴロウなどの生物が多く、以前ほとんどいなかったゲンジボタルが100匹以上出現するようになりました。蛍の餌のカワニナが除草剤の不使用で増えた事が良かったと思います。私たちも水田に気持ちよく入れます。

4.ニホンミツバチ

蜂蜜が欲しい事と蜂が野菜や果物などの受粉に極めて重要なので、ニホンミツバチの飼育を数年求めていました。新聞記事で佐世保の久志富士男氏を知りました。久志氏は英語の教師ですが、20年来ニホンミツバチの研究をし、本も数冊出版されています。五島に招き調査を依頼したところ、当地ではニホンミツバチが絶滅している事が判明しました。島原半島火砕流の跡地にニホンミツバチが群生していると聞き、平成19年より島原に3年間通い、分封群を40群捕まえ五島に搬入しました。今では五島福江島全土の広がり、何十人ものニホンミツバチの趣味養蜂家が増えました。

養蜂を始めて自然の事がより深く解かるようになりました。その中で、3点述べます。1つは、蜜源があっても水田の近くでは分封群が早期に死滅する事。はじめは因果関係が判らなかったのですが、蜂は蜂箱の温度管理に水を求めるため、除草剤の入った水田の水を巣箱に持ち帰ります。それが原因ではないか推察します。2.次第に蜂蜜の収量が減っていく傾向にあります。私の自宅は自然環境が良く、毎年蜂蜜が取れたのに、今年(令和2年)は全滅しました。五島ではネオニコチノイドの空中散布はされておらず、原因は長雨で採密できないなどの異常気象の可能性を疑っています。(ネオニコチノイド:ニコチンの誘導体で、日本で空中散布されている。ヨーロッパではすでに禁止されている。久志氏は佐世保での急激な日本ミツバチの死滅があり、日本各地で昆虫が減少し、この薬剤の可能性を疑っていました) 3.それまで五島ではカボチャの栽培で人工授粉していましたが、私がニホンミツバチ導入後、人工授粉をするが必要なくなりました。

除草剤など農薬はとても便利で、私はそれを使わない方法を試行錯誤するだけでも20年かかっています。皆様に簡単には農薬の止めましょうとは言えませんが、その道を追求することを諦めず、少しでも前に進める努力が必要です。また同時に、消費者や仲買人も米にカメムシが入り黒いコメ粒が入るだけで価格が極端に低下する事や、ブロッコリーのコンテナに虫が1匹でもいれば引き取らない検品制度など、虫も食わない程に農薬を撒かなければいけない現状を変えなければなりません。薬とは病気の時に服用するもので、病気になる前から、全ての農家が予防的に撒けば、副作用で地球は病気になるでしょう。

5.食料問題を解決するのはサツマイモ

平成30年よりサツマイモを作ってみました。1年目は土の耕し方が浅く、芋が硬く耕されていない土の層にできたため、掘り出すのが大変で、芋に傷が付き、しかも寒い場所に保管したため早期に腐りました。2年目はテーラーで耕耘し、少し深くまで土が柔らかく芋の収穫は芋づる式に簡単にでき、しかも傷はほとんど付かず、保存も芋窯(土を掘った穴に貯蔵)と似た条件にしたため、腐る事が少なくなりました。サツマイモを育て感じたことは、稲作に比べ作業が極めて楽だと言う事と、収量が多いと言う事です。肥料も少なくて済みます。

サツマイモを作るのに、おそらく人力だけでも可能ですし、草取りも稲作より圧倒的に楽です。1反ほどの畑で収穫コンテナ25杯程の収穫がありました。「サツマイモ百科」武田英之(農文協)の本によると同じ面積でコメの2倍収量があるとの事です(カロリー計算上)。芋は稲作と異なり傾斜地や砂地でも育てる事ができます。

江戸時代農民の人口は80%でしたが、そのほとんどは米を作っても幕府に拠出し農民はサツマイモを主食にしていたと思います。五島の農家の話を聴くとよく解ります。私は大阪育ちでコメを主食にしていたので、この事に気づくのに、20年も掛かりました。

 ただ、日本で何故、米が主食と言われて来たかと言うと、その保存性と運搬性が圧倒的に良いと言う事でしょう。弥生古墳時代の朝廷や幕府や政府は都会で人口を養うのは米が断然有利だからで、税の取り立てにも便利であったからです。

今後、食料自給を考えると全ての日本人や世界の栽培適地にはサツマイモなどイモ類を育て保存する事を始めなければならないと思っています。今年初めてジャガイモの栽培を始めたので詳しく言えませんが、寒冷地での保存の困難性の問題を考えると寒冷地ではジャガイモが良いと思います。資料によると、ジャガイモは1株から5升マス一杯取れたから5升芋と呼ばれるほど生産量がありそうです。

Ⅳ.私たちはいかに生きるべきか

1.江戸時代の生活は不幸であったか

私がネパールで感じたことは、ブータン王国の人たちが世界で一番幸福度が高いことを観ても解るように、「物質的に豊かな生活が決して幸福ではない。」と言う事です。むしろ、貧しくても自然環境が守られている事が幸せなのではないでしょうか。

学校から帰ったら近くの川でジャブンと水浴びが出来ていた、又、海辺の子供たちは歩いて海で泳ぎ魚貝や海藻を採っていた時代が、今の時代ではプールか海水浴には1~2時間以上も車や電車で行かなければならず、近くに川や海があっても汚くて入れない時代とどちらが良いのでしょうか。田舎で綺麗に見える五島や田舎の川でも、除草剤など農薬や化学肥料の多用で水が汚れ、泳いだり、生き物遊びのできる川は少ない現状を見ると、本当に「大量生産・大量消費の時代が便利で幸福になった」言えるのでしょうか。「逝きし世の面影」渡辺京二平凡社)に江戸時代の日本を観たヨーロッパの人々が口を揃えて「日本の人々が幸福で満足そうで、笑顔が非常に多い」「江戸は大きな村と美しい庭園のよう」と記載されています。例えば歌川広重の「東海道五十三次」などの浮世絵の風景画を観ても頷けます。日本は士農工商など階級と世襲制問題があったにせよ、自然豊かで幸福な国であったと言えます。貧しくとも、周囲に美しい自然があり、食べ物があり、人々が仲良く暮らせれば満足すると言えます。江戸時代は今のブータン王国のようであったと思います。一方、当時、産業革命後のヨーロッパは貧富の差が激しく環境は破壊され、下級層の人は悲惨な生活環境であったので、より一層日本が引き立って見えたのでしょう。「本当にヨーロッパの産業革命以後の文明を持ち込んで良いのだろうか?」と来日した西洋人が言ったとも記載されています。明治維新の目的は、産業革命の力によって植民地になった他の国々のようにならないために、日本の江戸時代の底力によって成し遂げられた成果であったと思います。確かに、西洋文明により身分制度が無くなり、科学的な思考が伝わり、キリスト教が解禁され、宗教や思想の自由など助けられたことはたくさんあります。しかし、自然環境を破壊し、前述したマハトマ・ガンジーが述べているように「大量生産・大量消費は人類への博愛精神では無く、生産者が儲かるというエゴイズムによる」産業革命と言う間違った文明も取り入れざるを得ず、それが第二次世界大戦が始まったことや現在の地球温暖化をもたらしたのではないでしょうか?第2次世界大戦は日本の植民地政策などにアメリカが反対し、石油の輸出禁止が戦争勃発のきっかけとの意見があります。私たちは江戸時代の良い点を真剣に振り返る時に来ています。

2.静かに消えてゆく豊かな自然

自然豊かな五島でも確実に自然環境が変化しています。子供の頃、どこの海に行っても足の踏み場も無いくらい沢山のフナムシ(アマメ)がいましたが、五島の美しい海でもほとんどいなくなりました。これは、私が各地に行った所でも認められ、全国的な変化と思います。もしかすると、除草剤が海に流れ込み、それが沿岸の海藻の繁殖を抑制し、それを餌にしているフナムシが激減の原因になっているかもしれません。

実際、海藻類も激減しています。10年ほど前、海藻で船の運航が困難だった久賀島の湾内には海藻がほとんど無く、移植栽培しても失敗するとの地元の人たちが言っています。田と共生する生物であるドジョウ、カエル、ウナギ、ホタル、トンボなど多数の生物が農薬や護岸工事などの影響で激減しています。

私たちはこれらの生物と共生し、豊かな自然と共に生きて行くことが私たちの進むべき道ではないでしょうか。人間だけが豊かになるため、他の生物を絶滅させるのは人間のエゴイズムではないでしょうか?

3.大量生産、大量消費のもう一つの怖さ

昔、人々が各地域で自給自足の暮らしをしていた時は、自らの行動が自然環境に与える影響を知る事が出来ました。自らの備蓄食料の残り具合や、ゴミを畑や川に捨てると後にどんなしっぺ返しが来るか。それを知っていた先人は土神や川神を考え大切にして来たと思います。しかし、現代人は自分たちの行動が、どのような影響を与えているか考える事はほとんどありません。例えば、前述したジェットフォイルの燃費について聞いても、誰一人としてこんなに悪いことを知りません。また、魚肉や乳製品などの輸入食品やノートや紙パンツなどの紙、その他の生活用品が海外から輸送され、加工される過程でどれほどの森林破壊や海洋資源の乱獲を引き起こしエネルギーを消費しているか、思いを馳せる人は少ないでしょう。

 私の住まいは七ッ岳(標高432m)の麓にあり、傍に川が流れています。林道が整備された後から、斜面の土砂が流出するようになり、今では砂利を敷き詰めただけの道はえぐられてトラックが通れない状態です。林道からの鉄砲水で上流の川がえぐられ、下の川に土砂が堆積するようになりました。林道を考案施工した人たちは、どのような事になったかを知りません。「作ったまま管理していない林道は福江島の各所で同じ状態が見られる」と、林道を趣味で回っている人から聞きました。

 自給自足で生きていた時代は、使用した薪や米などの燃料や食料を、自らがどれだけ使用したかや、身の回りの土木作業がどのような影響を環境に与えたか、一目瞭然で知れます。今の社会の中では、購入した食品や生活用品がどれほどの化石燃料を使い自然環境を破壊しているか、利用した交通機関でどれほどの化石燃料を使っているか見えません。また、土木作業や他の社会事業に見るように、その仕事がその後に環境にどれだけの影響を与えるのか判りにくいし、判ろうとしない事も多い。世界中の多くの人々が、このように自らの行動が自然環境に与えているかを判らない状態を続けていると、将来どのようになるか想像してください。

Ⅴ.結語

パソコン、スマホGPS,ロケットなど科学の進歩は限りが無いように思えます。しかし、全ての技術は化石燃料に依存しています。原発、水力、太陽光・風力発電設備なども化石燃料が無くなると造れなくなります。一見、石油など化石燃料が安価なためにエネルギーを造ることは容易の技術と思ってしまいます。しかし、それは数億年かけて植物が作った物です。その約100万年分を1年間で人間が消費しています。極めて優れた代謝系を持っている植物ですら1%しかエネルギーを蓄積できない事を考えると、生物に較べエネルギー効率の劣る科学技術で、しかも発電機を生産、廃棄する必要を考えると、電気と言う高品質のエネルギーを実質的に作り出せないと感じています。発電設備を作ったエネルギーを回収する期間(EPT)を数年と見積もられていますが、前述に記載したように驚くほどの計算外があります。その上、電線・家電製品などほとんど全ての電気機器は石油に依存しています。それ以外に、大量生産、大量消費による資源の枯渇や大量の廃棄物の事も考える必要があります。そのように推論すると、何度も何度も考えましたが、大量生産・大量消費文明には永続性が無いと結論せざるを得ません。ガンジーは近代の工業化・機械化は「人類に禍根を残すもの」であり、「必ず災いを招く」と断言しています。人間は自然の力で生かされているのです。人間だけの都合を考えた行動をせず、自然を豊かにし、人間はむしろ良く働き清貧に生きて行くことが本当の意味で幸せと思います。

しかし、「言うは易し、行うは難し」です。五島に移住して、できるだけ化石燃料を使わないように、と生活を始めましたが、今も、冷蔵庫、電灯、自動車、電動工具、トラクターなどの農機具、パソコン、など使っています。トイレ問題も解決できていません。江戸時代のように下肥として利用すればよいのですが、ウォシュレットと合併浄化槽を使っています。

伝統技術に関しては、偶然(必然?)にも長崎県で唯一の桶職人が近所に住まわれていて、その技術を習得しました。それをきっかけに、桶職人の全国調査をして驚くほど職人がいない事が解りました。その後、石油に依存しない伝統技術を調べるとほとんど絶滅に瀕している事が解りました。その主な原因は、注文が無くなって生活ができなくなると師匠は弟子を取らなくなるからです。又、本人が修業したくても親が反対する事もあります。前述のⅡ.静かに消えゆく伝統技術の1~16全てが危機的状況ですが、それ以外にも沢山の技術が絶滅の危機にあります。

在来馬などの動物にも同じように、飼育費用の負担などで絶滅に瀕しています。私が最も危惧するのは、その必要な時に、石油に依存しない伝統技術や在来馬などの動物や麻などの植物が絶滅していることです。

科学が進歩すると何でも解決しエネルギー問題も解決するのでしょうか?

多くの人は解決すると信じていると思います。宇宙の全てが解き明かされると考える人も多いと思います。しかし私は違うと思います。薄まったエネルギーを濃縮した保存のできる質の高いエネルギー状態にできるのは、生物のみに与えられた特典ではないでしょうか?

たとえば、植物は太陽光から米、芋などの作物や材木などの保存のできる高品質のエネルギーを作り出します。動物は花の蜜から蜂蜜を牛、馬などは草から動物体を造り、人はそれを食物、肉や労働として利用しています。

宇宙を分子、原子でできている原子説の発想から解釈した科学技術で本当に実質的な高品質の電力を生み出し、各家庭に配電すると言う事が化石燃料無しに出来るのでしょうか?

物理学、化学などの自然科学はこの宇宙が原子や分子などで出来ていると考えています。そして、生物の進化もそれで説明しようとします。本当にそれだけで説明できるのでしょうか。私たちは生きているという意識があります。その意識はどうしてできるか、分子原子では説明できません。私たちが赤い色を見た時、「色」で認識します。赤の波長を認識しているのでは無いのです。機械は波長で認識します。AIがどんなに進化しても、それは「からくり人形」の延長にしか過ぎません。そこには意識は無いのです。どうしてこの様な事が起こるのでしょうか。

哲学的になるのですが、私達が「世界」を「自己の意識状態を直下に経験した時、未だ主もなく客もない、知識とその対象とが全く合一している状態」として観る時、それを哲学者西田幾多郎氏は著書「善の研究」の中で「純粋経験」と呼んでいます。そこに判断を下し宇宙が原子で出来ていると解釈すると、そのような範囲の世界が広がるが、その判断以外の見解ができなくなります。すなわち、原子説で宇宙の一部は理解できますが全ては理解が出来ない、例えば何故意識が生命にあるのかは説明できないのです。したがって、生命の進化は単なる原子や電子の偶然の衝突や突然変異だけでは説明できないとしか思えません。宇宙には生命力のようなスピリチュアルな世界があり、その力によって進化しているとすれば、物理学や化学の進歩では高品質な電力の実質的なエネルギーの濃縮はできない可能性があります。

人類(ホモサピエンス)の誕生を20万年前と言われていますから、産業革命後から現在までの200年は永い地球の歴史の一瞬でしかありません。この状況がずっと続くとは誰も言えないでしょう。

生物が現在まで永続できたのは完全な循環世界で生きてきたからです。現在の産業革命以後の世界は完全な循環から明らかに外れています。大量生産・大量消費文明以後に向けて今から準備すべきで、それが落ち着いた後、その世界は決して不幸な世界では無く、むしろ人間は慎ましくも、自然が豊かな幸せな世界と信じています。それは丁度、今までが山に登るのにロープウェイで登るのと、今度は自分の足で登った時の幸福感の違いに似ています。

一人一人が地球温暖化をできるだけ抑えるような生活をし、野菜や大豆やサツマイモのような作物を畑で育て、石油に依存しない消えゆく伝統技術を継承したほうが「本当の幸せ」だと思います。

2020年4月、私は若い鋸目立て職人の須藤聖一氏と一緒に船大工の仕事を学び、記録ビデオを作成しました。その後、日本唯一人の櫓(ろ)職人である瀬尾豊明(77歳、広島県向島在住)より櫓の作成について学びビデオ記録できました。その後、桶職人光一に研修させました。但し、これでとても船や櫓が作れるとは言えないのですが、その一歩で、今後もさらなる努力が必要です。しかし、一家族では絶対に全ての伝統技術の継承はできません。日本の各地に残っている伝統技術を若い世代の人が受け継ぎ、そして互いにネットワークを作る必要があります。賛同する方が増える事を祈っております。

上記の文章より、私の考えている事に間違いがあれば教えて頂ければ幸いです。

新型コロナウイルスに想う〜新型コロナウイルス、マスメディア、日本の若者へ〜

 新型コロナウイルスパンデミックが起こって約1年、パンデミックは2021年も持続しており収まる気配はありません😣

 日本のマスメディアからは、毎日のように本日の感染者数を報道していますが全く出口が見えない状況です😱

 私が新型コロナウイルスについて勝手に思うことを止めどなくブログに書いてみました・・・

新型コロナウイルス

 中国で発見された新型コロナウイルスは、武漢から広がり瞬く間に世界中に広がりました。日本でも感染が拡大した後に、緊急事態宣言が発令され一時は感染者も減りましたが、その後は感染の増減を繰り返すのみ、むしろ変異を繰り返し感染力は増すばかり😨 デルタ株、ラムダ株・・・どこまで変異するのか全く検討つきません。

 この蒸し暑い夏にも感染拡大するのは、ウイルス学の根底を覆すような強力なウイルスだと思います。人間がクーラーなしでは生きられない暑さでも、平気で生存し感染する・・・冬になったらどうなるのか検討もつきません😱
 私は、これほどのウイルスとは思わなかったし、今後もどうなるのか検討つきません。この新型コロナウイルスは、人間が作り出したのか、自然発生したものかは不明ですが、自然界のものは人工的なものでもいずれ自然に戻るものと思われ、いつの日にか普通の風邪ウイルスになることを祈っています。

日本の皆さんへ

 なんとなく気がついている人もいますが、感染拡大がここまで進むと、感染を抑えることはできません😱ましてオリンピックをやるのに帰省や旅行はしないで欲しい、時短要請なんて、誰も言うことは聞かないでしょう。

 私が若者の立場であれば、なぜ若者や働き盛りの若い世代の行動が著しく制限され続けるのかと疑問に思うでしょう。食べるのに一生懸命働くしか残されていないのです。公務員や政治家ではない人は国の補償が全然なく食べるために働かないと給料はないのです・・・🥺

 制限すべきはリスクが高い高齢者であり、ワクチン接種する以外に手立てがない状況です。そのために私達医療従事者は、かなりの労力を使って前代未聞のワクチン接種をしたのです👍ワクチン接種しても感染するかも⁉️当たり前です。

 ワクチンは、重症化や死亡を減らす効果はあるでしょうし、それでも重症化や死亡する人はいるかもしれないですが、これは止めようがないのではないかと思います‼️

 私個人は、最終的には全員がワクチンを接種するまたは感染し免疫を獲得するしか道は残されていないと思っています。海外では普通に生活しつつあるのは、そのように皆が思っているからではないでしょうか⁉️

 日本の感染症の専門の先生も気がついているけど言えないだけなのでしょうか⁉️

 感染者数は今後報道せず、重症者数のみ報道すべきではないでしょうか。個人を特定するような報道はやめるべきであり、百害あって一利なしと思っています😣

 新型コロナウイルス感染と共に共存するしな残されていないと思います😧

そのためには、入院できる病床の確保、軽症者が入るホテルを確保する必要があります。まずは感染症を第5類に変更し、一般の開業医が自宅療養者を観察し、一般病院でも入院できる体制に変更しなければいけません。

 確かに日本の多くの病床(7対1以外の10対1などの病床)は、新型コロナウイルスに対応できません。入院施設も感染対策できていませんし、医師や看護師も対応できるマンパワーも能力的にも厳しいと思います。

 しかし、急性期病院と掲げている病院、7対1(看護職員が患者7人に対して1人配置されている病棟を維持している病院)は日本に山ほどあります。7対1の病床は、なんと36万床もあるのです👌

 国の方針で、今後2025年までに急性期病床は、18万床まで絞り込もうとしています。

2021年8月現在、この急性期病床の36万床の中で、新型コロナウイルス対応病床は、たったの4万床に満たないのです😣

 絞り込みをかけることも見込んで、新型コロナウイルス患者を受け入れるのは、各急性期病院の病床30%以上を受け入れないと認定から外すなどの措置が必要かもしれません。そうすれば、12万床まで病床が確保できる可能性があります🏥

 またコロナ禍以前に、赤字の公立病院や必要でないと思われる公立病院は削減の方向となっていました。コロナ禍が終われば、この削減は行うことになると思います。

 であれば、この公立医療機関は、コロナ専門病院として中等症の患者さんまで積極的に受け入れるような体制にするのも一つではないかと思っています🏥

 

マスメディアへ

 毎日のように、新規感染者の報道がされています。当初はそれでも良かったかもしれません。しかし、今でも個人の特定につながるような報道がなされています。

「〇〇施設でクラスター」「〇〇病院でクラスター」「〇〇高校でクラスター」

 報道する自由もあるでしょうが、個人が特定される報道が目立ちます。

 ・近所の人に非難され自宅に住めず引越しを余儀なくされた。

 ・小学生が学校でいじめられ学校に行けなくなっているなど

クラスターなどが起こり報道されたために、大打撃を受けた個人・学校・施設・病院・飲食店など数多くあることは全く報道されていません‼️
 人通りが増えたら、増えたことを非難し、人が減ると経済が悪くなると非難する‼️

 オリンピックは開催前には開催中止を、途中で無観客を訴え、勝手に情報操作し、開催されたら、全面的に応援報道・・・・

 オリンピックはやるなら観客を入れるべきだったと思います。野球やサッカーなどでは観客はいるのに、なぜオリンピックでは無観客なのか⁉️⁉️ マスメディアの責任は相当重いです。

 政治については一方的に責め立てるような報道を行い、誰かを狙い撃ちにして攻撃する。首相を叩くのは良いけれども、ほかに首相ができる人はいますか?

 何かあればはぐらかす、責任を他に転嫁するのは、今の政治家の常套手段です。誰が首相になっても同じでしょう。政治家で、全部自分の責任なので失敗したら政治家を辞めるとまで言える人は日本には誰もいないと思います‼️」

 まして他の政党は絶対に無理です。非難しても良いですが、マスメディアも他の政党も、他に代替案を提案して、反対意見を言って欲しいものです😤

 病院や施設がコロナ患者さんを受け入れられないのは、マスメディアの影響がかなり大きい事実は知っているのでしょうか。

 すぐに場所が特定されるような情報が流れるために、私立の病院では受け入れなんてできないところが多いでしょう。もしもクラスターが起きたら経営できなくなるのだから、いっその事受け入れない方が安全ですので。

 コロナ禍にあり、私はテレビカードをテレビから抜き取りました👀お陰で、馬鹿馬鹿しい報道を観ることがなくなり、気持ちがスッキリしています。これからもテレビは観ないでしょうし、多分このようなことをした人は、私だけではないでしょう。
 今回の医療脆弱化を引き起こしたのは、マスメディアに相当の責任があると私は思います。

 最後に、集団接種の大変さを全く知らないのでわからないと思いますが、今までやったことがない筋肉注射、大勢の人数を一度に接種する、1瓶に溶解して再び詰め込むワクチン充填、集団接種のために市役所などでワクチン保管、慣れないストレス下での集団接種です。人間はミスは必ず起こす動物です。

 ワクチンの保存のミス、接種ミス、短期間に2回の接種ミスなど
 ミスを責め立て煽る報道がなされ、医療従事者や役所の職員は大変傷ついています😣
 わざとミスして喜んでいる人はいません。むしろ応援する記事を書くべきでしょう。

 責め立てるような記事を書いて読む人が増えたら収益が増えるのでしょうが、その記事で傷つく人がいることを理解し、必要な情報、正しい情報を報道できるマスメディアが増えて欲しいなと思います👍

 

新型コロナウイルスワクチンへ

 新型コロナウイルスパンデミックで世界は恐怖に包まれた中、アメリカは有効なワクチンをたったの1年で作り出しました😁さすがアメリカと思います。

 mRNAを脂質で包み込む、とんでもない技術だと思います。確かにデルタ株などワクチンの効果が薄れる可能性があります。しかし、このワクチンのお陰で助かる命も大勢あるでしょう🥺

 長期的な安全性について懸念される報道があります。確かに長期的には安全性はわかりません。これが答えです。どんな専門家も長期的なものはわかりません。

 ただし、長期的な副作用があっても証明は難しでしょう。余程、ワクチンを接種した人に特別な症状が多発するような事態にならない限りは・・・

 マイクロチップが入っている?そんなものはデマです。1瓶から6人に接種して、その6人はバラバラに住んでいるのです。特定できるはずがないです。
 ワクチン接種後に亡くなられた方も多くいます。報道では500人程度ですが、実際には報告していない症例もあるので、600〜700人程度まで増えるのではないでしょうか。因果関係は不明との報道だけですので、普通の人は不信感を覚えるでしょう。

 政府は、死亡した場合は4000万円補償すると言っているのに誰にも支払われないのですから!きちんと振り返り、「因果関係はない、あるいは関係がある」と伝える義務は国にはあると思います。

 

新型コロナウイルスワクチンを接種するか悩む若者へ

 短期的なワクチンの効果については別の記事に書いていますので見てください。

何度も言いますが、長期的な副作用はわかりません。ただし、あっても証明は難しい可能性があります。
 死亡した方も因果関係不明とだけ報道されるので、若者はさらに不安になるのは当然ではないかと思います。

 新型コロナウイルスに感染しても若者は死ぬことはほぼない状況で、あえてワクチンを接種する。ワクチン接種すると死亡する可能性の方が高い可能性と考えて躊躇するのは当然だと思います。

 若者の重症化率は非常に少なく、ワクチンを接種する意義があるのか?
あるとすれば感染を減らす効果はあり、周りにも感染させない可能性があるということだけかもしれません。死亡率低下が若者にもあるのかは不明です。
 接種しなくても、感染すれば発熱が出て改善するだけになる可能性が高いことは事実です。

 不妊になるなどの情報は、若者の接種を躊躇う原因になっていると思います。

絶対にならないのか?と言われたら絶対とは言えないのかもしれない。しかし可能性は

かなり低いと答えることはできそうです。

 最終的には個人個人の判断で意思決定するのが正しい方法ではないかと思います。

 

 私の個人的な意見ですが、私は若者たちが普段食べている食事の方がよっぽど不妊になるのではないかと思っています。

 私達が食べているものは、農薬をたっぷりふりかけ、虫が食べることができません。スーパーなどで買う食材に虫が食べた跡がありますか?

 田舎に住むと、農薬を撒く日が決まっています。米にもたっぷりと農薬を散布します。農家の人は、暑い中マスクなど防護服を身にまとい農薬を散布します。カメムシなどがついて米が黒くなったら売れないからです。

 野菜にもたっぷり農薬を撒きます。虫が食べたものは売れないからです。買ったトマトに虫が食べてから、怒ってクレームを言うでしょう?

 国の基準に沿ってやっているのですが、虫は寄り付かなくなるし、死んでしまいます。人間が口に入れても大丈夫なのでしょうか?

 農家の人は、無農薬でも栽培できますが、トマト1個500円、キャベツ1玉1000円でも買ってくれますか?

 また食品にもたくさんの添加物が入っています。食品の成分一覧を見てください。

タマゴサンドを作ったことがありますか?市販のものは製造してから何日も食べれる状態ですが、自分で作ったタマゴサンドは、そんなに賞味期限はありませんよね?

 また私達が使っているプラスチックも、ナノプラスチックというものにまで分解され、海や空気中を漂っていることを知っていますか?

 魚やプランクトンが食べて食物連鎖で私たちの口に入ります。

 プラスチックは、強化や分解防止で塗料が使われていますが、発がん物質も含まれており、ナノプラスチックは海の中や空気中まで彷徨うような状態です。

 確かに不妊は高齢出産など多くの因子があります。食品が悪い、農薬が悪いことは証明できないでしょう。プラスチックが悪いという証明もできません。
 しかし、ワクチンの少量のmRNAよりも毎日食べる食品の方が余程高頻度で、蓄積するとなれば相当量になるのではないでしょうか?

 私が関東に住んでいる時には、20代30代で大腸癌の患者さんがいました。たまたまではないです、何人にも出会いました。潰瘍性大腸炎の患者さんは、毎週のように新規発症の患者さんに出会いました。このことは全く報道されていません。

 ワクチンよりも食品などの方が不妊や発癌に影響している可能性があるのではないでしょうか?

 

私が新型コロナウイルスよりも怖いもの

 2021年7月26日IPCCでの会合で報告書が作成されました。

2015年の「パリ協定」で、世界の平均気温の上昇を産業革命以前と比較して、1.5度に抑えようという努力目標が掲げられました。

 しかし、2020年までの10年間の平均気温はすでに1.09度上昇しており、2050年までに温室効果ガスを実質ゼロとしても、2040年までに気温の上昇が1.5度に達するとの報告がされました。

 私が子供の頃、約30年前は夏休みは朝から夕方まで蝉を取りに外に出かけていました。クーラーなんて使ってなかったし扇風機だけで十分過ごせました。

 今は、夏休みはクーラーが効いた部屋で過ごさないといけない。昼間は長時間外に出られません。短時間でも危険な暑さです。

 10年前は、海岸の岩場に行くと、大きいサザエがゴロゴロといて、潜らなくてもサザエが取れるほど豊富な五島列島の海ですが、今は海岸近くで潜っても、サザエはいません。三角ミナという貝は多少はいますが、明らかに少なくなっています。

 海藻もなくなり、イカ釣りで有名な場所でも、イカは釣れなくなりました。

 たった1度の上昇ですが、かなり異常気象が増えました。

 さらに0.5度上昇すると、今とは違う状況になるようです。毎年日本の各地で水害が発生しています。昔も時々は水害もありましたが、毎年生じることは私の幼少時ではありませんでした。

 巨大台風についても私が子供の時に将来日本に来るとNHKで報道されていましたが、今や巨大台風も当たり前になりそうな時代です。

 今よりもさらに気温が上昇すれば、私達は食糧難、水不足に陥る可能性が高いと予想されています。これは、100年後の未来ではなく、10年後の未来なのです。

 食糧難で一番の被害を受けるのは日本です。エネルギー、食糧をほぼ依存している日本では食べ物の取り合いが生じる可能性があります。

 私を含めて、石油に完全に依存した生活であり、石油がなければ生きていません。

また世界の人口も支えることはできません。温室効果ガスをゼロにすることは、ほぼ不可能であることはなんとなく想像できるでしょう。

 太陽光発電、洋上風力、水力発電などの自然エネルギーは全くの幻想であり、エネルギー収支はマイナスになることは、少し勉強すれば誰でもわかるでしょう👀

 原発を増やすしかないですが、廃棄物の処理に困ることは容易に想像できます😱

 このままでは10年後、20年後にはコロナなんてどうでもよかったと思うような時代になっている可能性があります。10年後の私が現在を振り返った時にどう思うのか、若い将来を担う皆さんも是非考えてみてください。

 

 

 

 

日本で一番人気の医学書「総合内科病棟マニュアル 疾患ごとの管理」が発売されました☺

 山内診療所の院長が、消化器部門の編集者として関わらせて頂きました😁

この本は、全ての病棟で勤務する医師が常に持ち歩く本だと思っています。

 ちなみに、総合内科病棟マニュアル第1版(2017年)は、私は常に携帯しながら病棟業務をしていました🎶常に参照して、総合的に診療することを心がけて行える医師になりたいものです👍

 特に高齢者医療では、多種多様の病態をもつ方も多く、各疾病,病態に対し適切なマネージメントができるようになる本だと思います😤

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新型コロナウイルスQ&A

 新型コロナウワクチンについて講演を依頼され、先日してきました😃

学校保険医として、新型コロナウイルスワクチンQ&Aについて保護者の方に説明した内容です。Up to dateやNew England Jornalなどの文献から作成した内容です。

あくまでも公平な立場から意見しました。

Q:新型コロナウイルスワクチンの機序

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まず初めに、新型コロナウイルスワクチンの機序について

 mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンは不安定な物質であり、すぐに分解されます。

新型コロナウイルスの遺伝情報から、mRNAを作成し、それをPEG(ポリエチレングリコール)で包んだものです。体の中で、取り込まれたmRNAは、細胞内に取り込まれ免疫細胞が認識して抗体を作成します。

 

Q:新型コロナウイルスワクチンが打てない人

<受けることが出来ないのは以下 4 つ>

・発熱している(37.5 度以上)

・重い急性疾患にかかっている

・ワクチンの成分(PEG)に対し重度過敏の既往

・接種受けるに不適当な状態の人

五島市岐宿町の予防接種では、診察を行なってから接種を行なっています。

普段全く健康診断を受けていないために接種会場では、血圧180〜200を超える人がいます。

その場合は接種を見送り、血圧など治療した後に接種を行なっています。

副反応で亡くなった方は、脳出血などを発症した事例が多いために、しっかりと医師が判断し

て接種可能か判断させて頂きます。 

<注意が必要なのは以下 6つ>

・抗凝固療法、凝固障害、血小板減少

・本人か近親者に免疫不全

・心・腎・肝・血液疾患

・発育障害

・過去の予防接種で 2 日以内に発熱、発疹が出た

・痙攣の既往

・本ワクチン成分(特に PEG)にアレルギー

Q:PEGってなに?

ポリエチレングリコールは、脂肪と思ってもらえばわかりやすいのかもしれません。

実は、医薬品に多く使用されています。

例えば、大腸内視鏡下剤(ニフレック, モビプレップ, マグコロール)

大腸検査の際にも腸をきれいにするために飲んでいますが、これもPEGが使用されています。

 そのほかにも、PEG 誘導体含有薬剤として

・抗不整脈薬:アミオダロン

・糖尿病薬:ランタス、トルリシティ

向精神薬:エビリファイ

・抗 RA:ヒュミラ、シンポニー、ステラーラ

・抗がん剤:ハーセプチン、オプジーボ、リツキサン

・ステロイド:ケナコルトなど

多くの薬剤に使用されています。私は知りませんでした・・・

Q:副反応・アナフィラキシー

ワクチンの副作用:mRNA、PEG、添加物による

局所反応(発赤、疼痛、腫脹)・・・mRNA 自体による

アナフィラキシー・・・PEG、添加物(卵、ゼラチン、ラテックス)などによる

ワクチンの副反応ですが、局所反応はmRNAによって生じ、アナフィラキシーは、PEGが主な原因のようです。

Q:アナフィラキシーの頻度

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一般的なワクチンのアナフィラキシーの頻度は、100万人に1人、新型コロナウイルスワクチンの頻度は、10万人に1人

実は、ペニシリンなど普段処方している抗生剤ですが、5000人に1人なので、新型コロナウイルスワクチンの頻度は比べる対象が変われば少ないのです。

Q:新型コロナウイルス感染重症化の割合

2020 年 6 月以降 に診断された人の中で重症化する割合は全体で約 1.6%

50 歳代以下・・・ 0.3%

60 歳代以上・・・ 8.5%

肺疾患、腎臓病、糖尿病、高血圧、心疾患、肥満といった基礎疾患のある場合も重症化しやすい(2021 年 2 月時点での厚生労働省のデータより)

こう見ると、若い人は重症化は圧倒的に少ない、基本的に50歳以下は、1000人かかっても3人しか重症化しません😁 やはり高齢者のワクチンは絶対推奨ですが、50歳代以下は基礎疾患の人は推奨、それ以外は任意接種ですね👍

Q:ワクチンは、無症候性感染を予防できるか?

無症候性および症候性の感染を減らす。

しかし予防が完全ではないため、アメリカでは、屋内の公共の場、または重度の病気のリスクがあるワクチン未接種の人々の周りで、マスクが推奨されている

Q:ワクチン後に感染する?

感染するが、頻度は低い

アメリカでの報告 2021年4月30日の時点

1億100万人のワクチン接種者のうち、10,262件感染

10%が入院、2%が死亡、27%が無症候性

(すべての入院または死亡がCOVID-19に関連しているわけではない)

ワクチンは、短期的には抜群の効果はある、1万人は多いように感じるが、1億人の中で1万人は相当少ない。これは報道の仕方で全く異なりますね👀

Q:毎年必要なのですか?

必要なのか2021年7月現在調査中 

ちなみに、6〜8か月前にモデルナクチンを投与された人に3回目投与後の副作用の割合と重症度は、2回目と同じで、効果のほども研究中

Q:変異株に対する有効性

変異株に有効かはデータは限られる

元のウイルスと比較した場合、ワクチンの有効性が低くなる可能性がある

デルタ変異体に対するワクチンの有効性は維持されているが、効果が低下する可能性がある

しかし、変異体による感染のリスクは、ワクチン接種を受けていない人と比較して、ワクチン接種を受けた人の方が依然として低い

Q:濃厚接触者だけど、症状がない人へのPCR検査はいつやるの?

 コロナの人と濃厚接触した後、PCR検査の検出可能な時間は不明

CDCは、曝露が特定された直後に検査を行い、検査が陰性の場合は、最後の曝露から5〜7日後に再検査することを推奨

 Q:ワクチン接種後の検査

特別な理由(例、ワクチン接種前に曝露)がない限り必要がない

ただし、ワクチン接種はPCR検査の結果に影響を与えない

つまり、ワクチンを接種した人はPCR検査はしなくても良いとCDCは発表

しかし、ワクチンはPCR検査の結果に影響を与えないとのこと

Q:子供がワクチンすべき?

アメリカではファイザーのワクチンを12〜15歳にも推奨

ワクチンの有効性、副作用は高齢者と同等

子供は、新型コロナウイルスにかかっても、多くが無症状から軽症 重症化はまれ

ただし感染後に小児多系統炎症性症候群の報告あり

Q:心筋炎は大丈夫?

ファイザー・モデルナワクチン

心筋炎および心膜炎のまれな報告がある

ただし報告されたほとんどの症例は軽度

 ・男性、青年および若年成人で多い

ワクチン接種後1週間以内、特に2回目の接種後に発生

2回目の投与から4日以内に胸痛を発症し、心電図でST上昇、トロポニン陽性

・14〜19歳の男性7人
(3人はロキソニンのみ、4人は免疫グロブリンステロイドを投与)
全員が1週間以内に症状が改善

Q:子供が感染した場合の症状

単一施設の171人の研究

中等度:5%

軽症:58%

無症状:36%

子供は、94%は無症状か軽症 中等症は5%なので、重症化リスクは相当少ない

 Q:子供でも後遺症はあるの?

コロナで入院した518人の子供の24% 全員それなりに重症

約9ヶ月間、症状(倦怠感、睡眠障害、筋肉や関節の痛み、頭痛、呼吸器系の問題、動悸、感覚障害など)が持続した。重症化すると後遺症が残る可能性あり

Q:小児多系統炎症性症候群ってなに?

子供が新型コロナウイルスで重症化するのは極めてまれだが、海外では重症例の報告あり

 ・小児多系統炎症性症候群

新型コロナウイルス感染に続発して川崎病に似た全身の臓器に強い炎症を起こす病態 

新型コロナウイルス感染の 2〜6 週後に発症

発症時にはすでに PCR 陰性であることが多い

 

小児多系統炎症性症候群

953 例のレビュー

発症年齢の中央値:8.4 歳

肥満を除き、基礎疾患をもつ者はまれ

症状:発熱、胃腸症状(85.6%)や心血管症状(79.3%)

過半数(56.3%)でショック

 

海外の報告では、73.3%が小児集中治療室で治療

3.8%の患者にECMOが使用された

死亡率は 1.9%

小児多系統炎症性症候群の発生率は不明

東京オリンピック開催するのかな・・・・

 緊急事態宣言の効果で感染者が減ってきています👀

 東京オリンピックも、政府は是が非でも開催したいのでしょうが、船頭多くて船山に登るということわざがあります。

指図する人ばかりが多いと方向性が定まらず、思いもよらないところに行き着くというたとえです。 日本はまさにこの通りの国みたいですね‼️誰も責任を取らない、全てがうやむや

 東京オリンピックやるけど、そのために感染者が増加、新たな変異株を生み出したら、全て自分の責任で国会議員を辞めますみたいな人はいないのかな。

 子供の時は、オリンピックをテレビで観戦して感動もしましたが、今回のIOCの対応などで、結局オリンピックはお金にまみれたスポーツイベントと判明して、相当がっかりしました。金メダル🏅ではなく、金(かね)メダル💴ですよね🥺

 

 東京オリンピックをもしやるなら、盛大にやるべきかなと個人的には考えています‼️

やるなら、海外から多くの人をよんで、ホテルは満室、飲食店でもお酒はどんどん飲めるようにして、PV(public viewing)は、いろんなところで開催される・・・👏

 そうしないと開催する意味は全くないのかなとも・・・もともと経済の活性化のためにやるのですから、一番ダメなのは中途半端な開催、観客制限、海外客も制限、飲食店は時短要請、ホテルもガラガラ・・・これはマジでダメなやつです。

 安心安全に開催はできないでしょうが😨それでも経済を活性化させるチャンスではあります。子供の時のあの感動を・・・総理は国会で述べていましたから😅

 なので、やるならしっかり開催すること、中途半端にするくらいなら中止した方が良いのではないか、これが個人的な意見です。あくまでも😤 

 

日本で一番人気の医学書「総合内科病棟マニュアル 病棟業務の基礎」が発売されました☺

 山内診療所の院長も執筆した、日本で一番人気の医学書「総合内科病棟マニュアル 病棟業務の基礎」が発売されました☺

 2021年6月4日に発売となりました👏

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 総合内科病棟マニュアル第1版が2017年に刊行され、非常に多くの病棟業務をされている医師の方に購入頂き、非常に好評でした。
 今回、病歴聴取や身体診察の仕方,臨床推論,カルテや書類の記載方法,カンファレンスの進め方など普段の診療以外でも必要な内容を盛り込んでいます。

 読者の皆様の日々の診療に,本書をお役立ていただければ誠に幸いです。

PCR検査が陰性でも、新型コロナウイルス感染の除外はできない!!!

 山内診療所でも、毎日のようにPCR検査を行なっています‼️

医療体制が十分でない五島列島でも感染者が増え、五島の住民の方も日々不安な日々を送っていると思います😨

 ところでPCR検査が陰性となった後も、安心できるのでしょうか?

五島列島で発生した新型コロナウイルス感染者の経過をみても、意外とPCR検査陰性と判明されたのに、後に発熱が出現し再検査で陽性となるケースが多い印象です😅👀

 つまり偽陰性(本来は陽性なのに陰性と判断されてしまう)が意外と多いのです。

 

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 2020年8月に既に論文が出ていましたね👀

新型コロナウイルスの発症後のPCR検査の偽陰性率を検証した論文です。

新型コロナウイルスに曝露されてから、1日目の偽陰性率はなんと100%

つまり、曝露されてすぐに検査しても陰性になるということなのです・・・

曝露4日目でも、70%は陰性になるため、PCR検査陰性でも安心はできないということなのです😱😱😱😱😱😱😱😱😱

 

 

背景

新型コロナウイルスPCR検査は、リスクの高い人(曝露された入院患者や医療従事者など)の感染を除外するために使用されている。

陰性の検査結果によって誤った解釈を避けるために、検査結果が曝露および症状の発症から時間とともにどのように変化するかを検証した

 

目的:感染からの日ごとの偽陰性率を推定すること。

 

デザイン:文献レビューとプール分析

上気道からのサンプルを使用して、症状の発症または新型コロナウイルスに曝露されてからの時間ごとのPCR検査の結果に関する7つの研究を組み込んだ(n  = 1330)

患者:新型コロナウイルス感染の入院患者と外来患者

測定:階層ベイズモデリングを用いて算出

結果:

感染者の偽陰性率(新型コロナウイルスに曝露されてから)

感染1日目 偽陰性率100%(95%CI、100%から100%)

感染4日目 偽陰性率67%(95%CI:27~94%) 

感染5日目(発症日)偽陰性率 38%(95%CI:18〜65%)

感染8日目(発症から3日目)偽陰性率 20%(95%CI:12~30%)

感染9日目 偽陰性率21%(95%CI:13~31%)

 

結論:新型コロナウイルスで行うPCR検査の解釈には注意が必要である。特に感染の初期段階では、PCR陰性でも除外できないため、今後の感染を防ぐための予防措置を講じる必要がある。臨床的疑いが高い場合は、RT-PCRのみに基づいて感染を除外するべきではなく、臨床的および疫学的状況を慎重に検討する必要があります。

 

著者らは、偽陰性の可能性を最小限にするために、検査は発症から3日間待って実施すべきとしている。

また、臨床的にCOVID-19が疑われる場合は、PCR陰性のみで除外診断すべきではなく、臨床的および疫学的状況を慎重に検討する必要があると述べている。